少年に別れを告げる日

伊織は今でも覚えている。
当主として、男として、生きていくことを決めたあの日を。幼いながらに必死に考えて出した答えだった。

美織は今でも覚えている。
最後に聞いた両親の声、泣き叫ぶ伊織の声。そして、男として生きると言い切った伊織の顔を。美織は何もできなかった。

***

熱を出して寝込んでいた美織が目を開けた時、伊織は目の前にいた。

「伊織ちゃん……」
「美織、体は大丈夫?」

伊織はいつになくこわばった顔をしていた。その影響か、美織の体もこわばる。伊織が何か重要なことを言おうとしているのを感じた。

「伊織ちゃん、どうしたの?」
「もう、伊織ちゃんじゃない」

何を言っているのかわからなかった。熱で頭がぼうっとしているのもあるが、そうでなくても意味がわからない。

「伊織は……僕は、お父さんの跡を継ぐ」
「当主になるってこと?」

美織の頭に叔父の言葉が浮かぶ。

『伊織は優秀だな。これで男だったら、跡継ぎとして文句ないんだけどな』

伊織も美織も知っていた。親戚が望んでいたのは息子だったということ。両親は2人を大切にしてくれていたけれど、親戚から色々言われているのを聞いたことがあった。

「美織もわかるよね?当主は男じゃなきゃいけない。だから、僕は男になる」
「伊織ちゃんは女の子だよ」
「わかってる。けど、もう決めたんだ」

伊織は真っ直ぐに美織を見た。葬式で大泣きしていた伊織はもういなかった。

「お父さんが大切にしていたものを、ここで終わらせるわけにはいかない。男として生きる」

美織は目を逸らすことができなかった。伊織が本気だというのが伝わってきて、身動き一つ取れなくなった。

***

ああ、ダメだと美織は思った。身体が重い。寒いのか暑いのかよくわからない。

「美織ー」

いつものように伊織が起こしに来た声がする。寝返りを打つのも辛いくらいにだるかった。

「美織?」

動こうとしない美織の異変に気付いた伊織が顔をのぞきこむ。普段より幾分か赤い顔を見て、嫌な予感がした伊織は額に触れた。

「熱出たか」
「手、冷たくて気持ちいい」
「とりあえず氷枕とか持ってくる。あと、体温計」

あまり慌てていないのはよくあることだからだ。環境が変われば美織が体調を崩すのは予想していた。触れただけだが、そこまでの高熱ではなかったし、疲れが出たのだろう。

伊織の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、美織は目を閉じた。まぶたが重い。