少年に別れを告げる日

伊織は着替えることもせずに誰もいなくなった道場で座り込んでいた。正直、色々なことが一気に動きすぎて、頭がついていかない。

「僕が当主」

当主でいることを許された。龍虎から認めてもらえた。一人になってやっと、胸の中に喜びがじわじわと広がっていく。

これからは堂々と剣術ができるし、鷹栖流を守るために動ける。嬉しかった。

目頭が熱くなる。安心した。もう終わったのだと。

「伊織」

昴の声がして、伊織は慌てて涙を拭った。湊や美織はごまかせなくとも、昴ならどうにかなるんじゃないかと思ったが、やはり目が赤いのは隠せなかった。

昴は少し驚いたような顔をして、気まずそうに視線をさまよわせた。

「あのさ、伊織はほんとに頑張った!」
「えっと、ありがとう」

他に返す言葉が見つからなかった。昴は頭を抱えて悩んでいたが、覚悟を決めたように口を開いた。

「俺、湊みたいには上手く言えないけど、ほんとによかったと思う。やっぱり伊織には剣術が似合う」
「湊みたいなのが2人いたら嫌だよ。剣術が似合うって前も言ってくれただろ?本当に嬉しかった」

昴は照れ臭そうに頭を掻いた。

「なあ、これでもう転校しないんだろ?」
「当たり前だろ」

伊織は即答して笑ってみせた。さっきの様子を見る限り、美織も2学期からは学校に行けるだろう。それに、ここから引っ越す必要もなくなった。転校する理由なんて、もうない。

「じゃあ、これからもよろしくな」
「ああ、こちらこそ」

***

壁にぶち当たった時、きっと自分は今日のことを思い出すんだろうと伊織は思った。

自分自身の強さも弱さも認めて、龍虎に勝負を挑んだ日。

龍虎が、門下生が、クラスメイトが、嘘偽りのないそのままの伊織を認めてくれた日。

今日のことを思い出して、自分を奮い立たせ、また立ち向かうのだろう。