少年に別れを告げる日

伊織が見たのは、膝をついた龍虎の姿だった。伊織は構えたままで龍虎を見つめる。

「見てみなさい」

龍虎は静かな声で言った。龍虎が示したのはさっきまで使っていた剣。使い物にならないくらい大きく曲がっていた。

「儂の負けだ」

刀を鞘に収める伊織を、龍虎はさっきとは別人のような穏やかな目で見つめていた。

「儂ももう年だな」
「そんなこと……」
「引き際がわからないほど老いぼれてはいない。やはり、当主は無理だ。年齢を理由に反対されたが、それは間違っていなかったのかもしれんな」

龍虎はゆっくりと立ち上がる。

「当主は伊織だ」
「え……」
「誰も文句は言わんよ。儂が当主になることに反対した者は全員倒した。その儂を倒したのだから、当主にふさわしいのは伊織だ」

龍虎は元々そのつもりだったのだろうかと伊織は考える。伊織が当主に戻れるようにしてくれたのだろうか。

「今度こそ戻れないし、言い訳もできない。わかっているな?」
「はい」
「それならいい」

伊織は強い目で頷いた。龍虎はどこか満足そうな表情を浮かべ、去っていく。その背中は何も聞くなと言っているようだった。

「師範!」

駆け寄ってきた門下生は皆、伊織を受け入れていた。女であることに反発を感じている者は一人もいなかった。

「僕は女として改めて当主になる。これからも鷹栖流を守っていく」
「よかった、よかったな!」
「健兄、泣きすぎ」

伊織が宣言すると、安堵のためか泣き出した健一。伊織は意外と落ち着いていて、美織は動くこともできずにその様子を見つめていた。

「伊織くん、かっこいいね」

戸惑いながらも美織に話しかけたのは、親しくしていたクラスメイトだった。

「女の子だとしても、すごくかっこいい」
「……うん」

美織は笑顔で頷いた。伝わったよと心の中で呟く。伊織の気持ちは伝わったのだ。

全部が変わるわけじゃないかもしれないし、また学校で嫌な思いをすることもあるかもしれないけれど、味方は確実に増えた。もう昴と湊と紫乃だけではない。

「みんなも夏休み中にわざわざ来てくれてありがとう」

伊織は頭を下げた。すごかった、かっこよかったという声を聞いて、弾かれたように頭を上げる。そんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。

伊織は笑みを深めてもう一度ありがとうと口に出した。