少年に別れを告げる日


「おねーちゃん、こう?」
「ちょっと違うな、持ち方はこうだ」
「こう?」
「そうそう、上手いな。次は素振りをやってみようか」

上手く素振りができない和人にアドバイスをしながら、伊織はいつの間にか笑みを浮かべていることに気付いた。自分もこうやって父から教わったのだ。

「楽しい?」
「うん!楽しい!」

伊織も和人のように楽しんでいた。新しいことを教わって、それができるようになるのが、本当に楽しかった。父や母、美織がすごいと言ってくれるのが、嬉しかった。

「僕、おねーちゃんに教わりたい!」

笑顔でそう言われても、伊織は曖昧に笑うしかなかった。本当は教えたい。和人がもっと剣術を好きになってくれたら、きっと嬉しい。

「だめ?」
「うん、無理なんだ。ごめん」
「おねーちゃん、お手本見せてよ」
「……わかった」

息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。手にあるのはずっと使っていた愛刀ではなく竹刀だし、服装も道着ではなく制服だ。それでも、伊織の雰囲気はさっきまでとは全く違うものになる。

しばらくやっていなかったのに、体は覚えていた。自然に動く。和人がわあと声を上げたのがわかった。

ずっと剣を持ちたかった。いつものように稽古したかった。やめたくない。そんな気持ちがわきあがってくる。

「かっこいい!すごい!」

伊織はぴたりと動きを止めて、和人を見た。

「和人くん、ありがとう」
「何が?」

きょとんと首をかしげる和人。伊織はその疑問には答えなかった。

「さあ、もう一度やってみようか」
「はい!」

一生懸命に素振りを繰り返す和人を、伊織は眩しいものでも見るように見つめていた。

鷹栖流を背負って、色々なものに縛られて、伊織は忘れていたのかもしれない。剣術を始めたばかりの時の楽しい気持ちを。

余計なことなんて考えず、ただ全力で剣術と向かい合っていたあの頃。

「和人くん、教えられるように頑張るから、待っててくれる?」
「どのくらい?」
「うーん、なるべく早く頑張るよ」
「……わかった、待ってる!約束!」

和人が小指を突き出す。指切りなんていつ以来だろうと思いながら、伊織は小指をからめた。