少年に別れを告げる日

伊織は足を止めた。道場の前に女性と5歳くらいの男の子、そしてその子の目線に合わせてしゃがむ美織の姿があった。

美織の手にはほうきがあるから、道場の前を掃除していたのだろう。

「あ、伊織」

帰ってきた伊織に気付いた美織が手招きする。男の子も美織の視線を追って、伊織を見た。

「どうかした?」
「この子が道場に興味あるみたいで」
「そうだよ!テレビで見たんだ!スパッて斬るんだよ!」

目を輝かせてそう語る男の子。母親であろう女性が困ったように伊織達に頭を下げる。

「ごめんなさいね、ここの道場では日本刀も扱うって聞いたことがあったから、見学だけでもと思って。
剣道を教えてくれる道場には行ったんだけど、これじゃないって聞かなくて……」
「そうなんですか」

伊織と美織は顔を見合わせる。当主の問題がまだ完全には解決していないため、道場での稽古は行っていない。

「名前は?」
「和人(かずと)!おねーちゃんは?」

さらりと「おねーちゃん」と呼ばれたことに驚いたが、考えてみれば制服を着ているのだから当たり前だ。少し違和感はあったが、嫌ではなかった。

「僕は伊織。和人くんは日本刀を使ってみたいんだ?」
「そうだよ!ちゃんと斬れるやつ!」
「責任者や師範の方はいらっしゃいますか?」

女性に尋ねられて、伊織は戸惑う。少し前までは伊織だったが、今は違う。しかし、詳しい事情を話すわけにもいかないだろう。

「とても若い男性だと聞いてたんですが」

「とても若い」と聞いても、女性がイメージしたのは20代だろう。中学生が道場の師範だなんて信じられないのが普通だ。

「今はいないんですが、よければ道場に入りますか?」
「伊織」

伊織は大丈夫だというように頷いてみせる。

「真剣は使わないし、竹刀を使って少し教えるくらいなら、龍虎様も許してくれるさ」
「入っていいの!?」

和人が嬉しそうに目を輝かせるから、美織もとめることはしなかった。

「お時間ありますか?素振りでよければ」
「ありがとうございます」

女性はお礼を言ったが、和人は不満げに伊織を見上げた。

「えー、斬れないの!?」

伊織は地面に膝をついて、和人に目線を合わせた。少し厳しい声を出す。

「日本刀は危険なものなんだ。最初は竹刀や木刀、模擬刀で練習する。日本刀を扱えるのは、師範から許可をもらった人だけなんだよ。僕は3歳から始めたけど、許可をもらえたのは、10歳の時だ」
「……わかった」

和人が真面目な顔で頷くと、伊織は嬉しそうに笑った。道場への入り方から説明しながら、伊織は和人と並んで歩いていく。