少年に別れを告げる日

「そうだったんだ」
「うん……だから、改めて伊織に言いたい。このままでいいの?もう、諦めちゃうの?」

紫乃は一度口を閉じた後、覚悟を決めたようにまた口を開いた。

「私は、剣術はもちろん、剣道とか他の武道も全然知らないし、当主とか伝統とかも実感わかないから、失礼なこと言うかもしれないけど、当主が男であることってそんなに重要?女じゃだめ?
きっと伊織は自分が女の子だって認めることができれば、もっと強くなれるよ。弱点を隠すのは、弱い人がやること」

伊織はスカートをぎゅっと握りしめた。慣れないスカートには違和感しかない。昔は美織とお揃いのワンピースを着せられていたはずなのに。

「私の勝手だけど、剣術が好きなら諦めないで欲しい。きっと美織ちゃんもそれを望んでる」

「好きだ」と伊織は心の中で呟く。しばらくやっていないから、剣を握りたくて仕方ない。離れてみて、改めてわかった。自分は剣術が大好きだ。

「もう、戻れないんだ」

好きだから、鷹栖流のことを守りたいから、伊織はもう離れようと思うのだ。伊織がいたら、かき回してしまうだけだ。

今は混乱していても、じきに治まるはずだ。龍虎がいるのだから。男だと偽っていた当主を追放して、鷹栖流が落ち着くのならば、それでよかった。

「逢沢さんの気持ちは嬉しい。野球部のことを話してくれてありがとう。
でも、僕がいることで鷹栖流が弱くなるなら、剣術をやめることより、ずっと苦しいんだ。僕が今、鷹栖流のためにできることは、もう関わらないことだと思う」
「……わかった。伊織が決めることだもんね。でも、もう1つ言わせて。私は野球が大好きだから、なんとなくわかるの。伊織も他のことじゃ、多分埋められないよ。伊織がやりたいのは剣術だから」
「うん、わかるよ」

しばらくは辛いし、忘れられないだろう。3歳で父に教わってから、11年間ずっとやってきたことだ。

「僕から1つだけ頼んでもいい?」
「え?なに?」
「美織とこれからも仲良くしてほしい」

美織が一番心配しているのは、紫乃との関係だと思う。湊が「紫乃ちゃんは怒ってないよ」と言い聞かせても、美織は困った顔をしているだけだった。

「当たり前でしょ。打ち明けてもらえなかったのはショックだったけど、私、美織ちゃんのこと好きだよ」

紫乃は笑った。

「だから、転校しないで。昴達と一緒に考えよう。きっとわかってもらえる」
「うん」

紫乃が頼もしく見えた。簡単なことではないだろうが、紫乃も昴も湊もいてくれるのなら、できるような気がした。