少年に別れを告げる日

小さな子供達がはしゃぐ声がする。こんなに暑いのに、駆け回っている。伊織と紫乃は日陰のベンチに腰掛けた。

伊織が話すのを紫乃は黙って聞いていた。両親を亡くして、父の跡を継ぐために男として生きると決めたこと。今まで鷹栖流当主としての役目を果たしていたこと。門下生に負け、先先代当主にも負け、もう当主を任せてはおけないと言われたこと。悩んだ結果、剣術から離れて普通の女の子として生きていくと決めたこと。

「長くなったけど、このくらいかな」
「私には言えなかった?」

紫乃は唐突にそう訊いた。

「え?」
「昴も湊くんも本当のことを知ってたから」
「逢沢さんのことが信用できないとか、そういうんじゃないんだ。湊に気付かれて、ごまかすのは無理そうだったから。
今思えば、あの時に、昴だけじゃなくて、逢沢さんも呼べばよかった」
「そっか……」
「こんなこと言われても、納得できなくて当然だと思う。ごめん」

紫乃は隣に座っている伊織を見る。女子の制服を身に纏った伊織は紛れもなく女の子だった。今まで気付かなかったのが不思議なくらい美織にそっくりだ。この短期間でかなり雰囲気が変わったように感じられた。

「今までのことはわかったけど、伊織くん……にすごく聞きたいことがあるの」

どう呼べばいいのかわからずに、教室で話しかけてからずっと、意識して名前を呼ぶのを避けていたが、いつものように呼んでしまった。言い直そうとした紫乃だが、不自然になりそうだったのでそのままにする。

「うん」
「女の子だってことは、そんなに恥ずべきこと?後悔しなきゃいけないこと?」

紫乃は真っ直ぐに伊織を見ていた。他の人に言われたら、何がわかるんだと言い返せたかもしれない。でも、相手は紫乃だ。

「逢沢さんのこと、ずっと眩しかった」

眩しくて見ていられなかった。男子の中でたった一人、必死に白球を追いかける姿。男子との体力の差を埋めようと自主練する姿。

紫乃は女子であることを隠すことなく、真っ直ぐに好きなものと向き合っていた。伊織も本当はそうしたかった。

「言い訳にしか聞こえないかもしれない。でも、僕は鷹栖流を守りたかった」

父や祖父が守ってきたものを守りたい、その一心だった。守るには男になるしかないと思った。男になればそれが偽りだとしても、認めてもらえて、強くなれると思った。

「私も似たようなことしてたから、気持ちはすごくわかるんだけどね」
「え?」

紫乃の表情が柔らかくなる。気持ちは痛いくらいにわかった。紫乃にも男のふりをしてでもやりたいことがあった。

「私、最初の体験入部の日に男子として野球部に行ったの。今考えればよくやったなーって思う。
仲の良い友達のお姉さんが演劇やってたから、カツラ借りて、体操着に刺繍されてる名前でバレないようにお兄ちゃんの体操着をこっそり持ち出して……」