少年に別れを告げる日

「昴」

今日も昴は伊織を待っていた。昨日も一昨日もだ。

「僕のことが心配?」
「伊織は俺がいるから毎朝走ってんの?」
「うーん、どうだろう。習慣だから、早くに目が覚めるんだ。もう走る必要もないんだけどね」

昴の表情が曇った。伊織は以前、野球部に誘われたことを思い出す。何か他のスポーツを始めてみるのもいいかもしれない。

「今更だけど、部活に入ろうかな。逢沢さんもいるし、野球部も……」

いいかもしれないと言いかけて、伊織は言葉を止めた。紫乃にはまだ何も説明していないことを思い出したからだ。

紫乃は許してくれるだろうか。女であることを隠さず、まっすぐに野球と向き合っている紫乃は伊織のことをどう思ったのだろう。

「心配しなくても、学校には行くよ。もうすぐ中間登校日だろ?」
「え、平気なのかよ?湊に聞いたけど、クラスで色々言われたんだろ?」
「行くよ。美織はまだ無理だと思うけど、僕は行く。説明を求められれば、ちゃんと説明する」
「すごいな、伊織は」

感心したように言われると、少し恥ずかしくなる。

「何かあったらちゃんと言えよ?今まで協力してきたんだし、俺も湊も最後まで付き合うから」
「ありがとう、心強いよ」
「……女だって言われた時は、マジかよって思ったけど、伊織は伊織だし、色々考えて男のふりしてたんだから、伊織は悪くない!」

飾らない言葉だからこそまっすぐに伝わってくる昴の気持ち。伊織は微笑んで、再びありがとうと口に出す。

こんな風に思ってくれる友達は簡単にできるものじゃない。やっぱり、伊織は転校したいとは思わなかった。

「今の所、転校するつもりはないし、美織が学校に通えないようなら、また考えるけど、その時には昴達にも相談するよ。だから、無理して毎朝待ってなくてもいいよ」
「別に無理はしてねーよ」
「だって、野球部の練習もあるんだろ?」
「本当に学校、来るんだよな?」
「ああ、約束する。とりあえず、今日は走ろうか」

並んで走り出す。しばらくは黙ったまま走っていた昴だが、思い出したように伊織を見た。

「伊織が野球やりたいなら、歓迎するからな」
「考えておくよ」

昴はなんとなく、伊織が本当にやりたいのは野球ではないということを感じていた。他のスポーツをやっても、きっと伊織は満足できないだろうと思った。