少年に別れを告げる日

「伊織、見て見て!」

少しはしゃいだ声を上げる美織。

「ほら、これっ」

美織が指差したのは、柱に刻まれた何本もの線と、その横に書かれた「い」と「み」という文字。

「私達、こんなに小さかったんだね」
「懐かしいな」

家の大掃除中に見つけたのは、自分達の成長の証だった。この部屋を使うことはなかったし、昔のことだから忘れていた。

広い家を掃除するにはかなりの時間が必要かと思ったが、気合いを入れて始めてみれば、予想よりは早く終わりそうだった。

伊織は少し寂しくなった。掃除が終わってしまえば、この家にとどまる理由はなくなってしまう。

住む場所が決まるまでは健一達の家に住まわせてもらうことになっていた。

この家にはまた龍虎が住む。年齢のこともあって、もめたらしいが、結局龍虎には誰も逆らえなかったということなのだろう。決める時にその場にいたという健一の表情を見て、伊織はそう思った。

その後、当主になるのが誰なのか伊織にはわからないが、長子相続の形が崩れた以上、今までよりは幅が広がるのではないかと思う。それはきっといいことだ。

もう自分には関係のないことなのに、鷹栖流のことを考えてしまう自分自身に伊織は苦笑した。

「部屋の片付けは進んでる?」
「うん、進んでるよ」
「なんか、少し寂しいな」
「……そうだね」

思い出の詰まった家は、美織にとって悲しい思い出も一緒に呼び起こしてしまう場所でもあった。でも、少しだけ自分を認められた今は、両親達のぬくもりを感じられる場所だ。

「もう二度と来れなくなるわけじゃないよ、伊織。おじいさまがここに住むんだから、遊びに来よう」
「ああ」

美織は少し明るくなった。今までは伊織の後ろにいたが、今はちゃんと並んで立っているような気がする。

「住む場所も探さなきゃいけないね」
「そうだな」
「でも、自分達が住む場所を選ぶって、少し楽しみ」
「古いアパートでも?」
「ここより古いアパートはそうないと思うよ」
「確かにそうか」

2人は家を片付けながら、ゆっくりと前に進む準備を始めていた。