少年に別れを告げる日

ぱちりと目が覚めた。退院して、久しぶりに自宅で迎えた朝だ。

もう走る必要もない気がしたが、目が覚めたのだから仕方がない。何もせずにいるのも嫌で、伊織はいつものように準備を済ませて家から出た。

「……っ、昴?」
「ああ、おはよう」

いつから待っていたのかわからないが、昴はなんでもないように笑った。

「走ろうぜ」

もし、伊織が来なかったとしても、昴が怒ることはなかっただろうなと感じた。約束してないから仕方ないとかそういうことではなく、昴は怒らずに次の日も来ただろう。

「伊織さ、どうすんの?」

自然に言ったつもりだろうが、昴の顔は引きつっていた。伊織は笑いをこらえる。湊と違って昴はわかりやすい。

「どうするって?」
「これから、色々……」
「まだ、わからない」

伊織は当主として頑張ってきた。剣術が、鷹栖流を守ることが伊織の全てだったといっても過言ではない。そのために多くのものを犠牲にしてきた。

それを奪われてしまった。もう当主ではいられない。女だとばれてしまった。

「剣術から離れることはもう決めたよ。でも、これからのことは正直わからない。ただ、僕らしく進んでいきたい」
「剣術をやめるのか?」
「ああ」

伊織が静かに頷くから、昴は何も言えなくなった。伊織はもう決めたのだ。

「俺は、伊織には剣術が似合うと思う」

戸惑った末にやっと口にできたのは、そんな言葉だった。剣術のことを何も知らない昴でも、伊織の姿に圧倒された。できることなら、続けてほしかった。

「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」

伊織は穏やかに微笑むだけだった。昴は少し悔しく思う。きっと湊ならもっと上手く気持ちを伝えられるのだろう。伊織の心を動かすことだって、もしかしたらできるのかもしれない。

昴は不思議だった。出会った時とほとんど同じ格好をしているのに、隣を走っている伊織は女の子にしか見えなかった。

実は女なんだと打ち明けられた後も、伊織を女として意識することなんて、ほとんどなかったのに。