少年に別れを告げる日

もうすぐ退院できると健一は言っていた。当主でなくなった以上、あの家に住み続けることはできないから、退院したら、引っ越しの準備をしなくてはいけない。

伊織は頭を悩ませていた。お金のことは心配しなくていいと言われたが、負担をかけるわけにはいかない。

前まで暮らしていた母方の祖母の元に戻ることも考えたが、学校の問題がある。前の学校に戻りたいとは思えないし、美浜から転校するのも気が進まなかった。

美織が転校することを望むなら別だが、そうでなければ美浜から転校しようとは思わない。

「はい、どうぞ」
「お邪魔します」

ノックの音がして、伊織は顔を上げた。静かにドアを開けて入ってきたのは美織だった。思ったよりも元気そうな様子にほっとする。

「美織、1人で来たのか?」
「健ちゃんは何か買ってくるって言ってたけど、2人で話せるように気を遣ってくれたのかも」
「そうか……体調は?」
「私は大丈夫。伊織こそ大丈夫?」
「大丈夫だよ」

大丈夫なはずないのに、伊織はそう言って笑う。美織には無理をしているようにしか見えなかった。

「色々悩んだけど、もう剣術から離れようと思う」

美織は驚きのあまり何も言えなかった。伊織が剣術をやめるとは思っていなかったのだ。

「普通の女の子になろうと思う……普通が何かもわかんないし、僕にできるか疑問だけど」

それが伊織の答えだった。伊織なりに悩んでたどり着いた答え。

美織はふと、雰囲気が違うことに気付く。伊織は女の子に見えた。見た目は何も変わっていないのに、今までより女の子に見える。

雰囲気が柔らかくなったのだと美織は感じた。はりつめていたものが緩んでいる。男でいないといけないという縛りがなくなったからだろうか。

「伊織がそうなりたいなら、いいと思う。女の子としてやり直せるよ」

伊織が吹っ切れた表情をしているなら、心からそう思っているなら、美織は笑顔で賛成できた。でも、違う。伊織はどこか寂しそうだった。

「伊織はどうしたい?」

そう聞きながら、自由になることは逆に伊織を苦しめるんじゃないかと思った。ずっと当主になるために色々なことをやらせてきたのに、無理になったら、あとは自由になんて勝手な話だ。

「今は慣れないかもしれないけど、なんていうか、自然体でいられるようになればいいなと思う」
「そっか、そうだね」

女でも男でも、伊織が真っ直ぐで真面目なのは変わらない。そこが美織には心配だった。