少年に別れを告げる日

湊は美織の部屋に入った。美織は布団をかぶって横になっていたが、入った瞬間にぴくりと動いたから、起きているのはわかった。

「体調は大丈夫?辛かったらそのままでいいから、少し話してもいい?」

返事はなかったが、湊は布団のそばに座る。

「健一さんから、少し聞いたんだ……事故のこととか。勝手に聞いてごめん」

自分の過去を知られるのは、気持ちの良いものではないだろう。湊が謝ると、美織は不意に布団から顔を出し、口を開いた。

「……私が生まれて来なければよかったの!」

あまりに悲痛な叫びだった。美織の顔を見れば、本心から出た言葉なのだとわかる。体を起こした美織は言い募る。

「私は未熟児で、心臓にも欠陥があって、医療が発達してなければ今ここにいなかった。私がいなければ、お父さんもお母さんも無事で、伊織も苦しまないで済んだ」

湊は震える自分の手を握りしめた。どうしてだろうと思った。なぜ彼女がこんなにも重いものを背負わなくてはいけないんだろうと。健一に話を聞かされた時よりずっと苦しい。

美織はずっと自分を責めて、自分の存在を否定してきた。自信が持てないのは、きっとそのせいだ。

「それに、伊織は知らないと思うけど、私は知ってるの。あの時、お母さんのお腹の中には赤ちゃんがいた……私と伊織の弟がいたの」
「美織ちゃん」
「あの事故がなくて、弟が生まれていれば、伊織が偽る必要はなかった。ううん、そもそも、お父さんが今も元気で当主だった」
「美織ちゃん!」

聞いていられなくて、湊は大声を出した。そんなことないと言いたかった。

「ご両親はそんなこと望んでないよ。美織ちゃんが助かったことを、心から喜んでるはず」
「でも、おかしいよ!私1人のために、3人が犠牲になるなんて、おかしい!」
「俺は美織ちゃんと会えてよかった。ここに美織ちゃんがいてくれてよかった。それだけじゃ足りないかもしれないけど、俺はそう思う。
美織ちゃんが自分のことを嫌いだとしても、俺も昴も紫乃ちゃんも、もちろん伊織も、美織ちゃんのことを大切に思ってるよ」

見開かれた美織の目から涙が溢れる。多分ずっと、そう言われたかったのだ。いてくれてよかったと、ここにいてもいいんだとはっきり言ってほしかった。

言葉を並べて説得してほしかったわけじゃない。何を言われたって、自分を責める気持ちは変わらなかった。ただ、このままでもいいんだと安心したかった。

「美織ちゃん?」
「ごめん……」

美織は焦ったように涙を拭う。一度溢れ出した涙は次から次にこぼれていく。

泣いたら周りの人を困らせるからと、物心ついたころにはどんな痛い治療でも泣くのを我慢していた。治療以外でも、泣くのをこらえるのがいつの間にか癖になっていた。

「いいよ、泣いて」

拒まれるのを覚悟で、湊は美織を抱き寄せた。一瞬、体を硬くした美織だが、すぐに力が抜ける。なぜか安心した。

「ありがとう……」
「うん」

幼い子供のように泣きじゃくる美織を湊は抱きしめていた。わからないけど、今は気が済むまで泣かせたほうがいいのだと思った。