少年に別れを告げる日

「おじいさま!お願いです、やめてください!」

龍虎が美織を一瞥し、背を向けた。あんまりだと思った。美織はわかっていたし、伊織だってわかっていたはずだ。いつまでも偽り続けることはできないのだと。それでも、こんな終わり方はあんまりだ。今までの伊織の努力はどうなってしまうのか。

座り込んでいた伊織が倒れ、健一が慌てて駆け寄る。龍虎はそちらを見ようともしなかった。

「伊織と美織にとっては、生まれ育った家だろうが、あそこは鷹栖流当主の家。近いうちに引っ越しなさい」

背を向けたまま、龍虎はそう告げた。そのまま道場を出て行ってしまう。

「待ってください!」

龍虎はゆっくりと振り向いた。どこか寂しげな表情を見て、美織は口をつぐむ。

「どこで間違えたのだろうな」
「……伊織の今までの努力は、間違いだったんですか?」
「いや、あの日の儂の判断が間違いだったのかもしれんな。伊織は充分にやってくれた」

龍虎はぽんと美織の頭に手を置いた。

「鷹栖流から離れて、自由に暮らしなさい。困ったことがあれば、できる限り手を貸そう」

伊織はそう言われてどうするのだろうか。今までの伊織にとっては、鷹栖流が全てだった。突然、離れて自由になっていいと言われて、伊織が喜ぶとは思えない。

「やっぱり……私がいなければ」
「美織、やめなさい」

龍虎が美織の言葉を遮る。両親が亡くなった後に美織が何度もそう口にするのを、龍虎は聞いた覚えがあった。

「伊織も美織も可愛い孫だ。幸せになってほしい」

いつになく優しい表情と声。それは龍虎の本心なのだろう。

「伊織には悪いことをした」
「どうしても、女の子じゃだめですか?」

龍虎はゆっくりと頷いた。龍虎の考えは変わらないのだと感じた。

「美織ちゃん!」

少し離れた所から様子を見ていた湊がよろけた美織を支えた。美織はそこではじめて自分が震えていることに気付いた。

「休もう。体調、まだ悪いんでしょ?」

背を向けて歩き出した龍虎を見つめている美織を促す。触れた体は熱かった。美織はハッとしたように湊を見た。

「伊織は!?」
「心配いらないだろうけど、健一さんが一応病院に連れてくって。俺は美織ちゃんのこと頼まれたから」

湊がもう一度、休もうと言えば、美織は力なく頷いた。