少年に別れを告げる日

放課後には噂が広まっていた。美織は不安そうにうつむいていた。いつもは話しかけてくれる友達が美織に近付こうとしなかった。

「伊織くん」

紫乃だった。クラスのほぼ全員が紫乃に注目する。

「ねえ、なんでこんな噂が流れてるの?」

伊織は何も言えなかった。「ぼくは女なんだ」。それ以外の答えはない。でも、今さら言えるはずもなかった。

「男なら脱いでみろよ、鷹栖」
「女だから何も言えないんだろ?」

あまり話したことのない男子だったが、伊織をよく思っていないのは知っていた。伊織は良くも悪くも目立っていた。目立てば好かれることも、嫌われることもあるのは当たり前だ。

伊織が湊と紫乃以外のクラスメイトと積極的に関わろうとしなかったせいか、偉そうだとか、俺らのことバカにしてるんじゃないかとか言われているのも知っていた。

「や、やめて」

がたっと音を立てて美織が立ち上がる。伊織を庇うように前に立つ。

「そうだよ、やめろよ。こんなの、いじめみたいじゃん」

湊も声を上げたが、効果はあまりないようだった。

「言われるのが嫌なら脱いでみろよ。そのくらい簡単だろ?」

きっと黙っていれば女だと認めたことになってしまう。わかっていても、伊織は何も言えなかった。脱ぐことなんてもちろんできない。

自分よりも美織のことが気になった。せっかく学校に通えるようになったのに、また休みがちになってしまうかもしれない。

「なあ、女だって認めるのかよ?」
「ああ、もう!」

湊は苛立っていた。何もできないもどかしさに、どうしようもなく苛立っていた。普段は飄々としている湊が感情的になっていることに驚いたクラスメイトもいた。

湊は何も言えずにいる伊織と震えながら必死に立っている美織の腕をつかむと、そのまま教室から出た。

クラスメイトは突然のことに驚いたのか、湊のついてくるなという雰囲気に動揺したのか、ぽかんとした顔で見送るだけで、追いかけようとする者はいなかった。


「ごめんごめん、怖かったよね」

不意にいつもの表情に戻った湊は真っ青な顔をしている美織に謝った。

「大丈夫だよ、大丈夫」

まだ震えている美織を安心させるようにそう言った湊だが、伊織に顔を向けると少し真剣な表情になった。

「とはいえ、状況はあんまり大丈夫じゃないか」
「僕の不注意だ」
「不注意、か。伊織らしくないね。……あれじゃ、少し休んだほうがいいかもしれない。おさまりそうもないよ」

湊はふうと息を吐き出す。特に美織はあんな状況の教室で過ごせるようには思えなかった。

「あと、紫乃ちゃんにはちゃんと話したほうがいいよ。ショック受けてたみたいだから」
「湊……」
「ん?」
「僕はもう、当主でいられないかもしれない」

弱音を吐くつもりなんてなかったのに、思いのほか動揺している自分に気付く。どんどん弱くなっている気がした。

「少し休みなよ、伊織。美織ちゃんも」