少年に別れを告げる日

「湊、昨日は助かったよ」
「ああ、もう大丈夫なの?昨日は早退しただろ?」
「もう大丈夫。……話したいことがあるんだけど、今日の放課後いいか?昴も一緒に」

言い出すのには、思いのほか勇気が必要だった。言ってしまえば、もう引き返せない。隣で美織が不安そうに様子をうかがっていた。

「部活終わった後でよければ。6時くらいになるけど」
「その後、時間もらってもいいか?」
「わかった。昴にも言っておくよ」

***

美織は校門の前に立っていた。落ち着かなくてウロウロしてしまう。話すと決めたはずなのに、決意が揺らぎそうになる。

「美織ちゃん」

昴と湊が並んで歩いてくる。

「あれ、鷹栖だけ?伊織は?」
「伊織はもう待ってるから」

疑問符を浮かべている2人に、「行けばわかると思う」と言って、美織は歩き出す。

「どこ行くの?」
「私達の家、の前に、道場」

道場と聞いて、伊織から何度か聞いた「剣術」という単語が頭に浮かんだ。剣道とは違う、日本刀を使うということは聞いたが、イメージはできていない。

なぜ、道場に行くのか聞きたい気持ちもあったが、美織が緊張した表情のまま進んで行くから、何も聞かずに後を追う。

***

美織が足を止めたのは、昴と湊も見たことがある道場の前だった。看板はどこにもない。もちろん中に入ったことはないが、近所にあるから知っていた。中からは声が聞こえてくる。

「稽古中だから、静かに見てね」
「え、稽古中に入っていいの!?」
「伊織に許可もらってるから。伊織が見てほしいって言ってるんだし……」
「ちょっと、鷹栖!?」

不思議そうにしている昴。美織はためらう様子もなく静かに中に入って行く。伊織に許可をもらってもだめだろうと昴は思う。しかし、湊も行ってしまったので、昴も慌てて中に入る。

美織が剣術をやっているなんて聞いたことがないし、やっているようにも見えないが、慣れた様子で道場の中を進んで行った。

「え……」

湊は思わず足を止めた。確かに稽古中ではあったが、その光景は予想していたものとは違った。

「美織ちゃん、伊織って……」

6人の道着を着た男達が、2人1組になって型稽古をしていた。そこから少し離れた場所から、その様子を眺めているのが伊織だった。

男達は明らかに伊織より年上だ。一回り以上違うように見える人もいる。

「伊織は師範であり、鷹栖流15代当主」

当主という言葉はひどく重く感じられた。昴と湊にとっては縁のない言葉だ。それに、中学生と当主なんて結び付かない。

当主と聞いて思い浮かべるぼんやりしたイメージは、怖そうなおじさん、もしくはおじいさんというものだった。道場の師範だってそうだ。

「口で言っても信じてもらえないかもしれないから、伊織は実際に見てもらうことを望んだ。信じがたいかもしれないけど、伊織は当主だよ」

伊織は指示を出し、型稽古の相手をすることもあった。剣術の知識がない昴達にも、伊織の動きが他の人と違うのはわかった。

無駄がない流れるような動きだった。一撃、防ぐ、打ち合う、反撃。型は決まっているはずなのに、違うのだ。

普段から年齢にそぐわない落ち着いた雰囲気をまとっている伊織だが、今はいつも以上に13歳には見えない。

「なんか、全然上手く言えないけど、すごい」

昴が伊織を見つめたまま言った。目が離せなかった。