少年に別れを告げる日

「あ、美織ちゃん」
「紫乃ちゃん」
「買い物?私はおつかい」

偶然スーパーで会った2人。美織はよくこのスーパーに来るのだが、知り合いと会ったのは初めてだ。

「うん、買い物。この前はありがとう。キャッチボール楽しかった」
「本当?私も楽しかったから、またやろうね」

紫乃と一緒に歩きながらも、美織は必要なものをかごに入れていく。1週間分の献立を考えて買い物するのにももう慣れた。

最初は不安だった2人暮らしだが、今は居心地が良いと感じている。健一が頻繁に顔を出すから、2人暮らしといえるか微妙なところではあるのだが。

「たくさん買うんだね」
「1週間分だから」
「美織ちゃんが料理してるの?」
「うん。伊織は料理が苦手なの」
「失礼だけど、ご両親は?」

少しためらうように紫乃は尋ねた。

「両親は早くに亡くして、こっちに来るまでは母方の祖父母の家にお世話になってた。今は伊織と2人暮らし……といっても、近くに親戚がいるから、色々手を貸してもらってるんだけど」

なるべく感情を出さないような意識して美織は説明する。紫乃に気を遣われたくなかった。

「そうだったんだ」

美織の気持ちを察したのか、紫乃は大きな反応を見せなかった。

考えてみれば、誰かにきちんと説明したのは初めてかもしれない。前の学校ではこういう話をするほど親しい人はいなかった。

「紫乃ちゃん、ありがとう」
「え?何が?」
「うーん、全部。私……前の学校にはあんまり行けなくて、友達もできなかったから。紫乃ちゃんのおかげでクラスの人とも話せるようになって……私だけじゃ無理だった」

紫乃は嬉しかった。美織は今まで自分のことを話そうとしなかったから、やっと美織の方から近付いてくれたような気がした。

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、みんなも美織ちゃんと仲良くなりたいって思ってたと思うよ」
「……え?」

本気でわからないと言いたげに首を傾げる美織。紫乃が放っておけないと感じたのはこういう部分だった。それは美織だけではなく、伊織にもいえることだ。

「美織ちゃんは過小評価しすぎだよ。美織ちゃんは可愛いし、魅力的だと思う」
「そんなこと……」

否定しようとする美織を止めるように紫乃は首を振った。紫乃には不思議だった。伊織も美織も妙に自己評価が低い。

伊織は堂々としているように見えて、そうでもないのだ。評価されると決まって「そんなことない」とか「僕なんて」という言葉を口にする。

「伊織くんもそう。過小評価しすぎてる」

伊織は女である自分に自信が持てないのだ。どこかで偽っていることに罪悪感も感じている。美織はわかっているが、紫乃に言うわけにもいかない。

それでも、全部言ってしまいたくなる。相談したら、紫乃なら力になってくれるんじゃないか。でも、言ってしまったら後戻りはできない。もし、受け入れてもらえなかったらどうなる?

「美織ちゃん?」
「あ、ごめんね。また紫乃ちゃんと同じクラスだといいな」
「クラス?」

紫乃が目をぱちくりさせた。

「うちの学校、クラス替えないよ。3年間同じ」
「え」
「だから、2年生になってもみんな同じクラス」
「そ、そうなんだ。安心した」
「あっ!私そろそろ帰らなきゃ。またね」
「うん、また……」

過小評価と呟いてみる。自己評価が低いと言われればそうなのかもしれない。美織は自分のことが好きになれない。褒められると居心地の悪さを感じる。自分がいなければ……その思いは消えなかった。