少年に別れを告げる日

「……あれっ!?」

起きて時計を見ると、普段ならとっくに伊織が起こしに来る時間だった。学校に行く準備をして、朝食も作らなくては。慌てて部屋を飛び出した美織だが、伊織が見当たらない。

「伊織?伊織ー?」

まさか寝坊だろうかと部屋をのぞいたがいない。玄関まで行って確認したが靴はあった。洗面所に行ってもいなかった。もちろん浴室にもいない。

「ねえ、伊織ー、いないの?」

不安になってきた美織は声を大きくしてみたが、やはり返事はなかった。何かあったのかもしれないという不安がどんどん膨らんでくる。

「伊織?」

カタと微かに音が聞こえた。

「伊織、いるの?お腹痛い?気持ち悪いの?」

音がしたのはトイレからだった。ドアの前に立つと中に人がいる気配がした。最近体調が悪かったのを思うと、具合が悪くなってトイレにこもっているのかもしれない。

「美織……」

小さな声。伊織がこれほど弱々しい声を出すことはまずない。

「どうしよう、美織」
「どうしたの?顔が真っ青」

やっとトイレから顔を出した伊織だが、その顔は青白い。お腹の薬はあっただろうか。顔色も悪いから病院に行くべきか。美織は必死に考える。

「やっぱり何か病気だったんだよ。ひどいなら、病院に……」
「違う、そうじゃない」

伊織はただ力なく首を横に振る。美織はどうすればいいのかわからなかった。いつもはしっかりしている伊織が、迷子の子供のように見えた。伊織は伊織で途方に暮れていた。

「伊織、どうしたの?話してくれないとわからないよ」
「だって、僕は男じゃなきゃいけないんだ。僕は……」

ハッとする。最近続いていた伊織の微熱。小学生の時に聞いた先生の話が頭に浮かんだ。美織が珍しく学校に行った日のことだ。

『……人によっては、微熱が続いたり、頭が痛くなったりすることもあります』

気付かなかった。しかし、伊織の反応を見ても、間違いないように思えた。

『10歳から14歳で初潮を迎えることが多いから、みなさんも自分の体のことを知っておかなくてはいけないんですよ。これは、身体が大人の女性になろうとしている証拠です』

女子だけが集められて保健の先生に聞かされた話。伊織はその場にいなかった。

「伊織、生理が……」

伊織は何も言わずに俯いてしまった。この年齢の少女なら、普通のことだ。本当ならそんな顔をする必要のないことだ。美織は何と声をかければいいのかわからなかった。