少年に別れを告げる日

珍しく起こされる前に目を覚ました美織は、ぼんやりしたまま洗面所に向かった。引き戸を開けたところで一気に目が覚めた。

「あ」

伊織が短く声を上げた。美織は考える前にぴしゃんと引き戸を閉めていた。

「おはよう、美織」
「……おはよう」
「そんなに慌てなくてもいいのに。別に入っていいよ」
「ううん……」

伊織はさらしを巻いている途中だった。裸を見たとしても、美織は慌てて目を逸らすようなことはしなかったはずだ。さらしを巻いている姿を見ていられなかっただけだ。

着替え終わった伊織が洗面所から出てくる。

「珍しく早起きだな」
「早起きってほどじゃないと思う」
「確かに」

伊織はさっきのことに触れようとしなかった。聞かれたらどうしようと思っていた美織はほっとする。

やっと洗面所に入った美織は鏡を見つめた。鏡の中の自分は暗い顔をしていた。

「伊織ちゃん」

ずっと口にしていなかった呼び方。伊織が女である自分を隠そうと必死なのはわかっている。それでも、さらしで胸を押さえつけているのを目の当たりにするのは苦しかった。伊織は色々なものに縛られている。

きゅっと唇を噛んだ美織は鏡の中の自分を真っ直ぐに見る。そんな顔をしてちゃダメだと自分に言い聞かせる。辛いのは伊織なんだからと。

冷たい水で顔を洗ったら、少しだけ気持ちが落ち着いた。

***

「ごちそうさま」
「伊織、本当に具合悪くないの?無理してない?」
「疲れてるのかな……だるくて」

このところ伊織の食欲がないのを美織はずっと気にしていた。顔色もすぐれないままだ。

「一度しっかり休んだら?」
「いや、そんな大げさなものじゃないから」
「熱はないの?」
「……微熱」

美織には言っていなかったが、微熱はしばらく続いていた。倦怠感も微熱のせいかもしれないと伊織は考えていた。

「本当に無理しちゃダメだからね」
「いつもと逆だな」
「心配してるの!」
「ごめん、大丈夫だから」

引っ越してきて本格的に当主として動くようになってから、伊織は忙しそうにしている。師範として道場で剣術を教える他にも、様々な仕事があるようだった。もちろん、学校の勉強もある。

伊織が他人に助けを求めるのを苦手としていることを知っている美織は不安だった。健一が相手でも、伊織は滅多なことでは弱音を吐かない。