「榊さん」

急に人気のない地下駐車場で名前を呼ばれたことに驚き、即座に顔を上げて周りを見渡す。

「賀来……副社長……」

クラウディアで車通勤が許されているのは、役員以上の肩書を持つ方々だけである。

賀来副社長は丁度に帰るところだったらしく、ビジネスバッグと車のキーを片手に持っていた。

「入社おめでとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

「いいえ。色々とお気遣いありがとうございました」

営業部での仕事ぶりや同僚との関係を簡単に話すと、賀来副社長は満足そうに微笑んだ。

「どうです?株式会社クラウディアは」

「大変ですけど……何とかやっていけそうです」

……嘘をついたつもりはなかった。

上司も同僚も本当に良い人だったし、仕事内容に不満を持っているということもない。

……けれど。

「すべてが順調という割には、浮かない表情をしていますね」

賀来副社長にはすべてお見通しのようだ。

一色社長に出逢ってからというものの、ちっぽけなこの胸の中で渦巻いている不安を隠すことは完全には出来ていなかったのである。

「当ててみせましょうか?」

賀来副社長が大人の男性に似つかわしくない悪戯心を見せようとする。