「なぜ、そこまでして榊さんを営業部に?」
「……一色社長の傍以外なら、どこでも良かったんですよ」
副社長は気分を害する様子も見せず物腰穏やかに答えた。
「彼女はね、アパレル業界の風雲児!!向かう所敵なしの一色社長、唯一にして最大の弱点なんです」
「弱点……ですか?」
「そうです」
副社長は確信を持って頷いた。
「クラウディアは元々リリア様を見つけるために一色社長自ら作った会社です。あの方の行動理念の根底には常にリリア様の存在があります。だからこそ、榊さんが何も覚えていないことは彼にとってショックだったはずです」
一色社長は己の弱さを他人に見せることをよしとしない人である。
それが数日前、榊さんが帰った直後わざわざ人払いをして社長室に籠ったのだ。
原因が何だったのか。
副社長はおろか私ですら言い当てることができる。
「私は彼女が全てを思い出すまで少し距離を置くべきだと思っています。まあ、あの一色社長に限って彼女がすべてを思い出す日がやって来るのをのらりくらりと待っているとは思いませんがね」
「……確かに」
普段の一色社長の言動を知っているだけに小声で同意すると、副社長は独り言のようにボソリと呟いた。
「因果なものですね。我々のような小者に前世の記憶が残り、肝心のリリア様はすべてを忘れているなんて……」
(……一色社長と榊さんに神のご加護がありますように)
私は、今はなきクラウディアの神に願わずにはいられなかったのだった。