「本来でしたらゆっくり時間をかけて慣れていくところを、あなたには大変な思いをさせてしまっていると思います。今からでも入社を取りやめることは出来ます。ですから、どうか無理をなさらないでください」
彼女が気まずい思いをする道理はないはずなのに、しきりに申し訳なさそうにするものだから……。
(心配させちゃダメだよね?)
私だって気持ちに応えようという気になる。
「夏八木さんは王妃様……リリア様の元侍女なんですよね」
「はい」
新入社員のお世話なんて本来秘書の仕事ではないはずだが、面倒な役をかって出てくれたのは他に頼れる人がいないという私の心情を慮ってのことだろう。
「色々と親切にして頂いてありがとうございます。私、この会社で頑張って働きます!!」
気合十分えいえいおーとヤケクソ気味に拳を振り上げる。
(もう、どうにでもなれ!!)
どうせ頭で考えたって無駄なんだから、あとは当たって砕けるしかない。
夏八木さんは急に元気を取り戻した私に圧倒されていたかと思うと、次の瞬間には素敵な笑顔を零したのだった。
「あなたの正体は一色社長と賀来副社長、そして私しか知りません。その方が都合が良いでしょう。あなたは“名無し”の中でも特別ですから」
「夏八木さん……」
「私のことは気軽に茉莉とお呼びください」
「茉莉さん?」
「私……嬉しいんです。あなたと一緒に働ける日がやって来るなんて」
目尻にうっすらと涙が滲んでいたのは、きっと気のせいじゃない。
もしかしたら……リリア様は私が思っているよりずっと多くの人の人生に影響を与えていたのかもしれない。



