「一緒に帰らないか。」

男の声に、周りは一際黄色い歓声をあげた。
おぉ、なんてはやし立てるばかりの声が耳につく。きっとこいつらは俺を陥れる為のネタだと思っているのだろう。
しかし、桜木というこの男は、本気なのか少しばかり頬が赤いのだ。告白とか、そういう事を冗談でやっているようには見えなくて。俺はどうしても冷たくあしらう事が出来ないのだ。
元よりそんな勇気はないのだけど。

後ろを向いたことによって、自然と背後に立っていたジャイアンの顔を振り返ると、桜木の表情を見て少し驚いていた。こいつは他の連中同様、さっきまでは桜木が冗談で俺を好いているフリをしていると思っていたように伺えた。桜木と違い、こいつの顔は知ってはいけない事知った様な、青い顔だった。

「……あの、俺、用事があってさ」

そんな2人を見比べながらも、俺は桜木の言葉に曖昧に返答する。

「用事って、直ぐ帰らなきゃダメなやつ?」

なのに桜木はすぐに引いてくれそうにない。
注目していたギャラリーが、ちらほら下校準備に入ったようで教室がざわめく。他人の恋愛事情に興味のある奴だけが、聞き耳をたて、或いはこちらを凝視しているようだ。

ざわめきの中、小さく「ホモだ」って言ったヤツ、いつかこの手で殴ってやろうと誓った。

「なあ、森田。話たいこと、あんだよ」

それ聞く時間もないか?なんて、桜木が続ける。
そんなふうに聞かれては、絶対無理です帰りますなんて事言えなくて、俺は困ってしまう。やばい。

「……すぐ、終わんの?」

俺の馬鹿。

桜木は小さく頷いた。それは一緒に帰る時間があると肯定してしまったという事に、今更気づいて後悔する。後ろでポカンと大口開けてたジャイアンが、「がんばれよ。」なんて背中を叩いてきた。その手は手汗がにじんでいるのか、俺のシャツが少し引っ付く。
友達の桜木が、真剣に俺を好いている事を目の当たりにしていっちょ前に動揺しているらしい。可愛いもんだ。

「行こうぜ。」

桜木が、俺をジャイアンから引き剥がすように腕を引いてきた。痛くは……ない。
優し過ぎて、逆に気色悪い気もしたが好きにさせる。俺はそのままクラスの連中がニコニコと笑顔で送り出す中、桜木と教室を出ることになった。