「今日はいったい何させるつもり……?」

肺いっぱいに吸った酸素から、精一杯に勇気を振り絞った言葉はそんな一言だった。
ジャイアン(敬称)は、その何とも言えない剛毛な眉を寄せて奇妙な威嚇をする。きっと俺の表情が、面倒くさいなんていう態度を全面的に表しているからだろう。実際そうなのである。

(毎度毎度、飽きずにご苦労なこって……。)

ふと視界の先を見やれば、教室の窓際にはジャイアン(敬称)のグループ、その他クラスのギャラリーも各々自席からこちらに注目していた。
クスクスと隠せてもいない笑い声が教室に充満している。

「何って、桜木の野郎と付き合ってやれよ。」

桜木とは、近日俺に迫ってきたあの空手部の男の事だ。
どうやら桜木と、このジャイアン(敬称)は仲良しらしい。
ジャイアンはそれはもう楽しい!というような満面の笑みを浮かべた。もう敬称というより渾名にしようと思う。有難う国民的ネコ型ロボットさん。俺の世界にもジャイアンは存在してました。

「昨日も言ったけど、男に興味ないんで。」

俺は震えそうになる唇を噛み締めた。
改めて言うが俺は父親譲りの低身長、華奢、体力もない。
正直に言うが、ジャイアンがめちゃくちゃ怖い。殴られでもしたら10mくらい吹っ飛ぶ自信がある。そして何より、俺は母親譲りの女顔で、こいつらにとってはからかい甲斐のある、格好の餌食そのもののような存在なのだ。

「興味あるとかないとか、知らねーし。一回ちゅうしてやれよって。」

ニヤニヤ。まさしくその効果音が似合う顔。
周りの連中も歓声をあげて同調するように手を叩く。中には下手くそな口笛なんか交えて、この空気を更に煽るのだ。

「だから、あの人とは付き合わないし……」

当然、キスなんてしてたまるか。
苦笑いを顔に引っつけたまま、俺は透かさず机の横に掛けてあった通学鞄の持ち手をつかんだ。このままさり気なくフェードアウト。派並を立てず、穏やかなままコイツらの前から立ち去るのだ。

そんなことを考えた。

しかし、世の中そうそう甘いもんじゃない。
立ち上がろうとしたその瞬間、背後から歓声があがる。クラスメイトの女の声に、「いらっしゃい」なんて言葉が混ざっている。どうやら、この教室に客人が来たらしい。

「ジュリアン、お前のダーリンが来たぜ。」

ジャイアンの野郎が俺の肩をつかみ、後ろを振り向かせた。背後から感じた歓声の、その対象が目前に映る。

「よぉ……、森田。」

「桜木、さん……」

周りからはやし立てられ羞恥の色に染まった肌を震わせた1人の男が、ぎこちなく俺に微笑んだ。