「三年も部屋から一歩たりとも外に出てないてめえに、直接動かせる人間がいるのか? 息のかかった同世代の臣下一人持ってねえクセに」

 その通り。

 かと言って、父上母上を挟んで──など論外だ。
 こんな目論見が知れようものなら最後、猛反対に合うのは火を見るより明らかだろう。

「使えそうな人間と言ったら──ヴェルス伯くらいか。軍の統率官様にでも頼んで誰か見繕ってもらうか?」

「冗談じゃない! 堅物の伯になんか知れたら、それこそこの世の終わりだろ!」

「ほーらなァっ。だからあたしがついてってやるんだ。文句あるか」

 ・・・・・・文句ある。当たり前だ。

「聞くけど、お前──リンデンバウムの下に降りたことってあるの?」
「ねえ」

 胸を張って即答する貴族のお姫様。

 部屋から一歩も出ない、という状態ではないにしても、そもそも貴族なんてのは世間と隔絶されているという点では引きこもりと大差ない。
 ことルリーダ王国においてはそれが顕著となる。

 一般市民や世間についての情報量ならば、むしろネットの虫である僕のほうが勝っているだろう。
 あくまで情報として、だが。

「でもあたしの剣の腕は知ってるだろ? 『パラドクサの剣』だって使えるしな。そこらの兵よりゃ頼りになるぜ?」

「まあ、そこは認める」

 時刻は既に夜の十時に差し掛かろうとしている。
 アノンと言い争っている時間も、他の選択肢もなくて、結局僕は三年間慣れ親しんだこの部屋を、アノンと二人、出奔することになった。


 ──よりにもよって、トイレから。