聡と話すのも面倒くさくて、ジョーイは黙って後をついて行くが、頭の中では混乱していた。

 自分が住んでいる住宅街と違い、この辺りは、古い町並みが残った、古風な家が建ち並んでいる。

 その風景を横目に、ジョーイは聡の後をひたすら追った。

 見知らぬ場所は、どこを見ても何の記憶にも引っかからず、何の感情も湧き起らない。

 暫く歩き、どこまで行くんだと、ジョーイが痺れを切らした時、立派な門構えのある家で聡はようやく立ち止まった。

 ジョーイも同じように立ち止まるものの、そこで見た物に、ジョーイの目が見開いた。

 『九十九』という漢字が書かれている表札が、飛び出してくるように目に入ってきたからだった。

 ジョーイは、それを食い入るように見つめた。

 聡はその家の門を潜り、玄関のドアをスライドさせて大きな声で「ただいま」と叫んでいた。
 ツクモも聡にまだぴったりと寄り添っている。

 中から、あの優しいおばあちゃんが出てきて聡を出迎えた。

「お帰り、聡ちゃん。あら犬のツクモも一緒なのね。キノちゃん来てるの?」

 おばあちゃんが履物を履いて外に顔を出すと、ジョーイと目が合った。

 ジョーイは咄嗟にお辞儀をして挨拶を交わして、その場をやり過ごす。
 おばあちゃんも、戸惑うものの、礼儀正しくお辞儀を返していた。

「ちょっと待ってろ」
 聡がジョーイにそう言って、家の中に入って行く。

「あの、よかったら中へどうぞ」
 おばあちゃんが気を使って言葉をかけるも、ジョーイは、手をヒラヒラと振って、遠慮した。

「何かうちの孫がご迷惑かけたんじゃないですか?」

「いえ、そんなことはありません」

「そうですか。それならいいんですけど」

 その時、家の中で電話が鳴り響く音がした。
 おばあちゃんは申し訳ないと謝りながら奥内へ入っていった。