電車から乗客が溢れるように降りてくる。
 また空席目指して必死に乗り込む人たちがいる。

 毎日当たり前に見ている光景が、どこか別の世界の遠い出来事のように思えてくる。

 キノがやっと足を動かし、電車に乗り込んだ。
 ジョーイもキノの後をついていった。

 キノはまたドア付近に立ち、ドアが閉まるのを見届けた。
 電車はやがて動き出す。

 最寄の駅に近づけば、一緒に居られる時間が少なくなっていく。

 ジョーイはまだ話をしたいというのに、キノは寂しげな瞳を眼鏡のレンズの奥に潜ませて、先ほどと変わらないようにぼんやりと外を見続けていた。

 何か気の利いたことでも言えたらと、ジョーイは話すきっかけを探ろうとするも、そこには簡単に入り込めないとてつもない厚い壁が見えるようだった。

 キノは身の回りの全ての事柄を遮断し、思いつめていた。

「ジョーイ」

 キノが思い出したように声を掛けてきた。

 ジョーイの方が現実に引き戻されたような気になった。

「なんだ?」

「ジョーイの将来の夢って何?」

「えっ、将来の夢?」

「そう、ジョーイがやりたいこと」

「それがわかんないんだ。高校三年だし、進路を決めろって言われるんだが、何をしていいのかしたいことすらないんだ」

「でも、ジョーイは勉強がよくできるんでしょ。学校一の秀才だって噂を聞いたことがある」

「えっ? 噂? それって俺のこと前から知ってたってことなのか」

 どうりで初めて会ったとき、昔から自分のことを知っているように聞こえた訳だとその謎が解けた。

 面識がなかったが、噂が耳に入っていたということだった。

 また自分の中のアスカが遠くなっていった。