とあるマンションの一室。
 真っ白で清潔感のある部屋に不釣り合いな、真っ黒な男。


「……ばかなの?」


 その男、澤井の頬を私は軽くペチンと叩いた。


「俺が決めたことですから、いいんです」

「言い訳なんか聞きたくありません!」


 先生っぽい口調で言ってから、もう1回頬を叩く。ぺちぺち。
 するとさすがに怒ったらしく、澤井は私の手首を掴んだ。

 真っ黒の目に見つめられる。


「あのねお嬢さま。俺は喜代(きよ)さまに怒られたって、いいんですよ」


 その名前に静止する。そんな私に、澤井はくすり笑った。
 

「あなたのそばにいられたら、それでいいんですよ。お嬢さまはそれが嫌ですか?」


 丁寧に丁寧に紡がれたその言葉。


「……ううん。私のイチバンは、これからもずっとずっと、澤井だけなんだから」


 呪文のように唱えた言葉は、私の心を軽くさせた。

 私の一番は澤井。
 澤井の一番は私。

 これからも一生変わることのないその事実は、なんて心地良いんだろう。