恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜

大会議室からそのままエレベーターに飛び乗り、10階のボタンを押す。
10階は休憩所のある階だ。ここにくれば残業しているひとたちが休憩にくるし、もしキスしてきた男がつけてきても大丈夫だ。

それに10階はわたしの在籍する事業部がある。
自分のデスクに荷物を忘れたふりをして戻ってもバレずに済む。

男のせいで計画は台無しになったけれど、あいつとの決定的証拠を握れたから万々歳だ。
しかも、あいつからこぼれてきた名前は聞き覚えがあった。

10階に到着し、もしかして先回りされていないだろうかキョロキョロと廊下や休憩所をチェックしたけれど細身のスーツ姿はなく、缶コーヒー片手にネクタイを緩めたおじさん集団が談笑しているくらいだった。

休憩室の横の廊下を通り、奥にある事業部へと向かいドアを開ける。
さすがに金曜の夜8時すぎの事業部は明かりもなく、人気もなかった。
入り口近くの自分のデスクにいき、荷物をとってさっさと事業部から出ていく。

こんな日に自分は何やってるんだろうって思いながら、廊下のグレーのカーペット地を蹴るように歩く。
本当ならあいつとデートしてる時間だったかもしれないのに。
イライラが身体中を支配し、エレベーターホールに向かい、エレベーターの下の矢印ボタンをガチャガチャと押していた。

いけない。
『自分』が出てしまった。幸い、周りには誰もいないから助かった。

エレベーターが到着し、中へと入る。
エレベーター内はわたしひとりだったけれど、もしかしてどこかの階で待ち構えているのではないか、とエレベーター内の階数が減るたびに胸が高鳴った。

1階に降りたときもここで待っているのではないかと思い、気持ちを張り1階に降り立つ。
広いエントランスホールに人気はなく、ぼんやりとホールの端々に設置されたオレンジ色のランプがやさしく灯されているだけだった。

大丈夫、なんとかなる。
妙に自信があるのは昔からのこと。

1階エントランスホールの脇に設置された守衛室に向かう。

「大会議室準備室の鍵です」

小窓から手をのばし、眠たそうにあくびをしながら守衛さんが対応してくれた。

鍵を渡し、ほっとして玄関から外へ出る。
自分の体の火照りにはちょうどいい夜風を浴び、観覧車を見上げながら家路へと向かう。

まだ口元に男から受けたキスがじりじりと焼けるようにしびれていた。