恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜

「萌香」

気を取り直して大人が二人ぐらいいるだけで狭くなる給湯室へと入る。
紅茶を飲もうと白いカップを食器棚から取り出して引き出しにある紅茶のパックをとって給湯ポットからお湯を注いでつくっているところに、後ろから聞きなれた声がした。
声色を弾ませて入り口に左手をついて立っていたのは、津島だった。

「萌香、カントクへ行くんだってな」

津島は哀れんでいるかと思いきや、口の端を少しだけ釣り上げている。
もしかしたら気が変わってやりなおそうっていう言葉をくれると思って期待して損した。

「……まあね」

「あーあ、ホント、気の毒だな。変わってやりたいけどな。無理だもんなあ、こればっかりは」

「無理ってどういう意味」

「萌香には最適な部署でよかったなってこと」

よかったな、って、この会社のなかで最悪な部署へ異動するひとに対してそのひょうひょうとした言葉はなんなの。

「どうぞ、受付の野村加奈と仲良くやって!」

怒りが沸点に達して、とうとう声を荒げてしまった。
その言葉もむなしく、津島は鼻でせせら笑う。

「遊んでやったんだからありがたく思えよ」

「遊んだ相手が悪すぎたわね。野村加奈よりはあなたの体を熟知してるつもりだったんだけど」

そういうと、食ってかかるように津島は拳を握り、入り口の横の壁を音を立てて叩いていた。

「てめえみたいなクソ真面目女、カントクがお似合いなんだよ!」

「どうせクソ真面目女ですよーだ」

これ以上いってもらちがあかないのか、津島はカントク女と言い切って給湯室から去っていった。

カップに入れたままだったので茶葉から濃く紅茶が抽出されてしまった。
口にすると、苦くてせっかくの紅茶がまずく感じる。
頭にきて、紅茶をすべてシンクに捨てた。
シンクから湯気とともにアールグレイの香りがかなしく給湯室に漂っていた。

津島と別れて正解だった。
こんなろくでもない男を野村加奈は付き合っていくんだから。