恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜

守衛さんが連絡して数分後、現れたのは長身のチャコールグレーのスーツにネイビーのネクタイを身につけた男性だった。
オーバル型の黒いフレームのメガネをかけていて優しい第一印象だった。

栗色の髪の毛にはゆるくウェーブがかっていて、前髪は無造作に横へ流されている。
ほどよい太さの眉毛に目鼻立ちはしっかりしている。
唇はほどよく厚く、艶やかだった。

総合的にみて、俗にいうイケメンってやつだ。
わたしを見るや否やメガネの奥の目が冷たく鋭くなった。

「そのIDパスは君のものかな?」

穏やかなその声でわたしはハッとした。
大会議室に最初に現れた長身のスーツの男。
しかも、あんな状況のなか、堂々とキスしてくる最低な男だ。

「はい、そうですけど」

わたしは冷静を装い、メガネの男に答えた。

「会議室の中に落ちてたみたいだけど」

「拾っていただいてありがとうございました」

ぺこりと軽くおじぎをして守衛室を出る。
エントランスホールからエレベーターホールへさしかかるとき、メガネの男がわたしに後ろから駆け寄り声をかけた。

「キミ、嘘の申請で大会議室に侵入したよね?」

立ち止まり、振り返る。
その男は腰に手をあてて、メガネ越しに睨みをきかせていた。

「なんのことでしょう」

「椎名萌香っていう鍵の申請が守衛室の名簿にきちっと書いてあったけど、どういうことか説明してもらいたいな」

やんわりとした声だ。
大会議室で聞いたきつめの印象とはまったく違っている。
わたしは立ち止まっていると、その男はわたしに近づいてきた。

「それは……」

「言えない事情でもあるんだね。おもしろい。わかった。秘密にしておく。だからあの夜のキスも内緒だよ」

耳もとでやさしくささやくと、メガネの男はわたしから去っていった。