ぽろりと涙が衣装に落ちる。
あわてた基紀に、奏は大丈夫と言うかのように、そっと手をふった。

そして基紀の首に抱きつき、耳元でささやいた。
「今日だけ、あなたのためだけに歌うわ」

いつの日か、日本中の、いや世界中を歌で救ってほしい、そんな青くさい基紀の思いにずっとけなげに応えてきてくれた。
基紀は、自分にいったい何ができると考えたけれど、奏に抱きつかれ、
頭は真っ白になっていた。

唇が触れそうな距離を通って奏は離れてほほえんだ。

「三扉奏、失恋ショータイム」


ばんざいをして上を向き、涙をこらえて言った。


奏のそんな姿を、基紀は見ていられなかった。

自分の結婚相手のことも忘れて、抱きしめたいという思いが体中を沸騰した。

手をさしだすか、出さないかの一瞬だった。


コンコン


ノックの音がなる。
「三扉さーん、お願いします」

奏は一瞬にしてプロの顔になり、基紀に笑顔でうなづいた。


いつものように、基紀のエスコートで控え室を出る。

奏はふし目がちに、基紀の数歩あとを静かに歩いた。


(わかっていたんだ、私がこうなることは)



そう、基紀に恋したその時から。




あなたが私の全てだった。