例えば星をつかめるとして


──そう言えば、山本さんが僕にも部屋をくれてね。星が見える部屋で、素敵なんだよ。窓の近くに布団を敷いたんだ。

いつぞや、叶多がそんなことを言っていたと、朧気ながら記憶が蘇る。きっと、この部屋で間違いはない。

ここに、叶多がいたのか。

ゆっくりと、見渡す。誰も使っていない、物置のような部屋だと、山本さんは言っていた。それを肯定するかのように、埃っぽい空気が漂っていた。

──当然ながら、叶多がいたと、感じられるものはない。

けれど、不思議なのだけど、雰囲気から、空気感から、叶多を感じとる事は出来た。ここに叶多がいたと、そう言われてしっくりきた。

痕跡がすべて消えてしまっていても、この部屋で、叶多がどのように過ごしていたか思い浮かべることなら出来る。そうやって過ごす事は、少しだけ楽しかった。

窓の近くに布団、と言っていたから、あの辺りだろう。星空を見たいという事は、頭が窓側だったのかもしれない。荷物は、反対側の入口とかに置いていたのだろうか。

不思議、だった。ずっと、誰も叶多を覚えていない、叶多がいた証拠がないことに焦りと憤りを覚えていたのに、今は、それが消えていた。山本さんたちとの不思議な縁が消えなかったように、私の中の叶多の記憶も、残ってくれるような気がするのだ。