ここまで鮮明に思い出せたのは、久々のことだった。もう一度、その家を眺める。そうだ、この家だ。何度か、私も中に入れてもらったじゃないか。屋根にも、登ったことがあるはずだ。登ったんじゃなくて、飛んだんだっけ?
──けれど、きっと山本さん夫妻も、叶多のことは覚えていない。叶多がいなければ私とも知り合うことが無かったのだから、訪ねることだって出来ない。この家も、叶多を肯定してはくれない。
浮かびかけていた心が、再び沈んだ。この記憶だって、明日には忘れてしまうんだろう。覚えていられる自信が、なくなってしまった。必死に覚えていても、誰も、私の記憶が正しいと、肯定してくれないんだから。
はあ、と溜息をついて、止めていた足を再び動かし始めようとした、その時──
「あら、澄ちゃん!」
不意に、真後ろから呼ばれた、私の名前。
驚いて振り返ると、そこにいたのは、この家の主──山本さんの、姿だった。
──どうして、私に声を?
その、疑問が浮かぶよりも早く、山本さんは私の正面まで歩いてくる。
「久しぶりねえ。最近会ってなかったじゃない? お茶でもどう? 久しぶりに、少しあがっていって」
そして、混乱する私をよそに、にこにこと家に入るように示す。


