例えば星をつかめるとして


息を、細く吸って、細く吐き出す。何度かそうしていると、少しずつ、落ち着いてくる気がする。自分で自分の膝を抱きしめる。肩から鞄がずり落ちたけれど、気にしなかった。

生ぬるい風が、髪の毛をかき混ぜていく。通り過ぎた足音を、いくつもいくつも聞き流す。どのくらいの時間だったのだろう、私はしばらく、そうしていた。

「……帰らなきゃ」

やがて、ぽつりと呟いた。あんまり遅くなるとお母さんが心配してしまうと、不意に思い当たった。

何も考えたくなくて逃げ出したのに、理性はいつだって付き纏う。誰でもない人になりたいのに、私はいつだって私だった。こういう、時までも。

こんなことしてないで、帰ろう。そう思って、のろのろと顔を上げる。

けれど、目の前にそびえ立つ二本の足に、ぎょっとした。

「……やっと、見つけた」

そして降ってくる、いつもより少しだけ掠れた、聞き慣れた声。どうして、ここに。

「……叶多……」

視線を上げると、夜空の色の瞳が見えて、す、とそれが細められた。

「先に帰ってって言われたけど、心配になっちゃって」

何でもないようにそう言って、叶多は右手を差し出してくる。なんで、どうして? いろんな言葉がごちゃまぜになる。私は、あんな風に逃げ出したのに。