「…何を言ってるのか、さっぱり分からないんだが?」


それでも、こちらの言葉は伝わっているらしく彼女は首を傾げたりしながらも、ぱくぱくと口を開けて何かを言っているのだが、やはり何も聞こえてこない。

まるで彼女の音声だけが切り取られてしまっているかのように。


だが実際、本人はあまり気にしていないようだった。

最初は、わたわたと身振り手振りで何かをしていたが、考え込んでも答えが出ないことが分かると、気持ちを切り替えたのか笑ってその先の道へと、すたすた歩き出した。


(今のは絶対「ま、いっか」って言ったよな)

こういうのを『プラス思考』と言うのか『適当』というのかは知らないが。

何にしてもコイツの場合、言葉なんか聞こえなくても見ていれば分かりやすい程にそれが表情に表れているので、こちらとしても特に問題はなさそうだ。

とりあえず、ここに留まっていても仕方ないので、そのまま辻原と共に歩いて行くことにする。



今までは薄暗い一本道だけだった周囲は、気が付けば明るい日差しが降り注ぐ緑に囲まれた遊歩道のようなものへと変化していた。

隣を歩く辻原は、こちらに声が届いていないことを知りながらも、飛び立つ鳥や周囲に咲く草花などを指さしては何だかんだと構わず話し掛けてくる。

(だから…お前が何を言ってるのか俺には分からないんだがな…)

半ば呆れつつも。

思いのほか穏やかな気持ちでいられることに、居心地の良さを感じていた。