――『君はこんなところで放って置かれるようなレベルの絵ではないことは重々承知しているね?』

 篠原先生にさっきいつになく真剣に言われた言葉を思い出し、空を仰いだ。


 俺の絵はどうやら榊原さんが主催する絵画コンクールに応募するらしい。

 俺はその“榊原”という画家を知っていた。
 
 いや、知っていたなんて白々しい言い方では収まりきらないほど。

 “さん”なんて呼べたのは俺の父と、榊原さんは無二の親友である、ライバルだったからだ。

 もちろんライバルとは言っても仲がぎくしゃくしたような関係ではなく、好意的な。

 
――あの事件が起こるまでは。

 榊原さんはあの事件が起こって日本を離れ、世界を旅しながら絵を描く放浪の旅に出掛けていた。

 その榊原さんがこの日本に帰ってきた。

 そして絵画コンクールを開く。

 その意味がなんとなく分かってしまうのは、きっとあの言葉のせいだ。


――『響、省吾の絵を再び俺の目の前に魅せに来い!』

 そう言って髪の毛をぐしゃぐしゃにして去った。

 
 あのときの俺は絵なんて描ける状態ではなかった。
 
 それなのに俺が再び絵を描くことを知っていたような口ぶりだった。


 空を仰ぐのをやめ、再び俺は再び立ち上がり、屋上から見える光景に目を細めた。

 
 俺の絵は……もう終わってしまっている。

 あの日に壊れたんだ。
 何もかもが。

 今更父のような有名な画家になるつもりなんて毛頭ない。


 それに俺が絵を握るなんて世間が許さないだろう。