父が絵を愛したのはきっと大きな意味があった。

 そして俺にも絵を愛せたのは大きな意味があると思う。


 死と生は常に隣り合わせ。

 いつどこでどっちに転ぶか分からないから、今を生きているんだ。


「いつか全てを赦せるようになったら、またあの頃と同じ純粋な気持ちで絵と向き合いたい」

「どう、ゆー……こと?」

「今の俺は、俺なりの答えを探す為に、絵を描いているんだ。

 でも俺はまだ全てを知らない。
 この絵はまだ幼い。

 ……頂上じゃないんだ」

 その言葉の意味を理解したのか、奈津は寂しげに、でも真っ直ぐな目で「分かった」とだけ答えた。

 
 その返事を聞いて、俺は教室から離れ美術室へと絵を運ぶ。

 そして顧問の先生に渡したら、何も言わずにその絵をずっと眺めていた。

 声をかけても何も言わないので、俺は消えるようにその場から離れた。


 * * *


 言葉が見つからなかった。

 一之瀬君の絵があまりにも繊細だったし、心に響く衝撃が大きかった。

 言葉ではなんて言っていいのか分からないけれど、ずっと私の中で暖めていた様なものが、一之瀬君の絵には確かにあって、もう「ありがとう」と言うお礼の言葉だけでしか表現出来なかった。

 純粋な優しい気持ちであふれる様な、そんな絵だった。


 確かに一之瀬君の絵は100人の人にこの絵が「上手か」って訊いたら絶対、100人とも「上手」と言ってくれる様な絵なんだ。

 だけど今さっき見せてくれた絵は、本当の本当に一之瀬君の命が見えたような錯覚に襲われた。


 その絵をしかも“頂上じゃない”と言ってのけたんだから、もう凄いの一言に尽きる。


 きっと一之瀬君はもっともっと大きな大舞台へと駆け上がっていく。
 そんな可能性を感じさせた。