「もう、いいから」


 ……え?

 中野はそう言うと、俺の眼を見た。

 そして一切の表情を変えず、


「辛かった記憶も、悲しかった記憶にも、“今”の一之瀬君は、いないでしょう?」

 
 どうして。


「中野は、いつも優しすぎるよ」


 本当なら、俺はこの先の未来は光なんか見えてはいけなかった。

 
 父の絵で自殺した家族、自殺未遂を犯した人たち、崩れて壊してしまったもの。

 あの眼にいつも俺は殺されたんだ。

 
 でも、出来る事なら。

 叶えられるなら。

 
 父の幻影を追うことをなんかやめてしまって、ただひたすらあの絵に打ち込んで、そして中野と一緒にいられたらいい、なんて。

 そんな幸せを、君に恋した日からずうっと胸に抱いてる。


 俺の事を嫌う人なら何人も、何万人もいるけれど、こんなに俺の事を想ってくれる人は中野以外、いなかった。


「好きだ」

「……いきなり何言って……――」

 そういう中野の口を奪うと、もう何もかもが君だけで。

 感情が抑えきれない。

 いや、抑えるどころか一気に溢れ出る。