『書いてみようかな』――

 そう言った中野の顔は何かを固めた様な面持ちで、言っていた。
 
 俺はその決心を見、何となくまた心が揺さぶられる。



 あの日……――。

 まだ何も起こっていなかった、あの日。

 俺はいつものように窓の外を見ていた。

 そこから見える景色はあまりにも灰色で、色褪せた世界が億劫だった。

 何も希望なんて見えず、綺麗事を並べるだけの薄い世界には期待していない。

 いや、鼻から期待などしてもいなかった。


 このまま空と一緒に消えてしまえば、終わりなのかな。

 それさえ思っていた瞬間――

 俺の目の前に落ちて来たのは紛れもなく、ルーズリーフだった。

 それをひょいと拾い上げ、上を見るとそこにいたのは中野だった。

 長い髪が風で舞い上がり、澄み切った空とまるで同化するかのように立っていた。

 思わず見惚れたんだ。


 そして見た中野の言葉の詩はあまりにも、透明で、色褪せた世界を一つでも変えてしまえば、こんなにも違うんだと気づかされた。