「あ、えっと、嫌だったらいいんだけど。」

私の困惑の表情を見てか、岩橋くんがそう言う。

「い、嫌なわけない!……あ、男の人、とか慣れてないから。」

私はうつむいた。

岩橋くん、どんな顔してるかな。

「ははっ、よく中学んとき我慢したな。」

聞こえたのは。

笑い声だった。

……え?

「我慢……って。」

「だって、野球部なんて男いっぱいだろー。」

あぁ。

そういう意味か。

「中学ってさ、みんな、子供でしょう?」

「うん、分かる。」

「でも、高校生ってなんだか大人で、こわく感じる。」

私たちはそんな変なお話をしながらいつしか歩きだしていた。

でもね。

岩橋くんはこわくない。

はじめて見た時──。

すごく、綺麗だって思った。

顔立ちとかもそうだけど、澄んだ瞳がまっすぐで。

きっと、こわいものなんてないんだろうなって憧れをもった。

「岩橋くんは、なんで野球部なの?」

ふとした疑問を聞いてみる。

……っ。

そのとき、岩橋くんの顔が一瞬歪んだような気がした。

あ、聞いちゃいけない、ことかな…。

私は慌てて話題を変える。

「で、でも!野球部しんどいよね!練習とか……ほら、走りっぱなしで…。」

あぁー。

最悪。

私、1人で何言ってんだろ。

「うん、しんどいけど。でも甲子園行きたい。」

岩橋くんは目を細めて、笑う。

穏やかにフワフワと。

「ありがとな、なんだっけ、苗字!」

岩橋くんは私の苗字が思い出せないようで……。

とほほ。

「下の名前は覚えてんだよ?羽美。」

ドキンっ。

え?

"羽美"

その名前が一瞬で特別なようなものに見えた。

「あ、あり、がとう……?」

心臓がバクバクしてる。

「なんで、お礼言うんだよ。」

「そ、そうだね。」

男の人に下の名前を呼ばれたのははじめてじゃあないけれど。

でも、綺麗な響きだった。

羽美、って。

大切なものを、扱うかのようにそっと言った岩橋くん。

「で?苗字は?」

はっ!

忘れてた。

感傷に浸りすぎた。

「あ、望月です!」

下の名前で呼んで欲しかったけど。

図々しいよね。

うんうん。

あくまでも部員同士なんだから。

あと少し、歩くと私の家が見える距離まで来た。

「私、ここでいいよ。ありがとう。」

「どこ?まだだろ?」

はぁ。

なんでこんなに優しいんだ。

「す、すぐそこ。」

嘘ついてるのがバレませんよーに!

「ふぅん。まぁ俺もそっちの道だから。」

良かった、バレてない!

てゆか、私と同じ方向なら家近いかも?

また、私たちは歩き出す。

他愛もない話をしてたら家についた。

「よし、ほんとについたよ!」

「ん。」

「ありがとうございました!」

「おう。」

無愛想な君だけど、すごく綺麗だな。

「はやく家に入れ。」

「う、うん!ばいばい!」

私は手をふって中に入る。

なんで、そんなに急かすのだろう?

気になってそうっとドアをあける。

道路へ向かうと……。

あ。

岩橋くんが今来た道を歩いてた。

全っ然!

一緒の方向なんかじゃないじゃんか。

なんだか、心臓らへんがキュウっとなった。

優しい。

綺麗。

こんな人はじめてだからかな。

私、もっと岩橋くんと仲良くなりたい───。