狼上司の不条理な求愛 -Get addicted to my love-

「し、失礼します」
私はカチャカチャと小さく手を震えながら、コーヒーを差し出した。

「どうも、赤野…さん?」
ペコリと会釈した寺田さんは、出会った日と同じ上品な、しかしどこか含みのある笑みを浮かべた。

何だろう、ちょっぴりイヤな感じだ。
 
少しムッとしながらも、頭を下げて一刻も早くその場を下がろうとした時だ。

ああっ!

私の位置から、調度いい角度で見えてしまった。大神カチョーが平田さんの足を思いっ切り踏みつけているのが。

(いぃっ…⁉)

平田さんは声を上げるのを辛うじてこらえ、彼をチラッと横目で睨んだ。


「え…へへ…」

私はすっかり嬉しくなった。
デスクに帰ってクスクス笑っている私に、三上さんが首を傾げた。


午後4時頃になって、彼らはやっと席を立った。その帰り際である。

「ああ、寺田さん。そういえば…」
一緒に席を立った大神カチョーが、ニコヤカに彼の肩を叩いた。

「先週はどうも。妙な所でお会いしましたよね」
寺田さんは、あからさまにイヤそうな顔をした。

「あれ?君たちどっかで会ったの?」
寺田さんの連れの上司(よく見たら、前に1度会った部長さんだ)が、人の良さそうな笑いを浮かべた。

まさか…まさかね。
聞こえてきた会話の内容に、私はギクリと手を止めた。

事情を知らない平田さんが、キョトンと彼を見つめている。