分かってはいたつもりだった。
覚悟は出来ていたはずだった。

だけどそれはあまりに偶然の不意打ちで。

無防備だった私の心は、一切の体裁を忘れた。

「う、えぇ……」
「赤野……」
大神カチョーが困ったような声を出す。

いけない、ここは外で今は仕事で……そして今、上司の前だ。

なのに止まらない嗚咽が、
意思に反して込み上げた。



「赤野!」

彼が急に怒声を上げた。

ビクッと驚き、涙は止まる。

彼は私の肩を掴むと、強い力でガクンガクンと揺さぶった。

 
「赤野、分かるな?
今は仕事中、泣くな。
腫らした顔して出ていって、間違っても先方に心配なんかされるんじゃない」

「うぁ……い……っく…でも…」
「いいな、分かったな⁉」

険しい顔で睨み付ける。
 
「ふぁ…い。はいっ…わっかり…ました」
私はコクリと頷いた。
 
彼は、何とも言えないやるせなさそうな顔をした。

が、それはほんの一瞬のこと。
すぐに厳しい顔つきに戻り、声を殺して私に言った。

「コレが終わったら、お前の恨み事にも泣き言にも全部付き合うから。
あんなやつのために……泣いた顔なんか、他の誰にも見せるな」

「……うぁい」

人差し指で涙の欠片を拭っていると、
「クソッ」と悪態をつき、大神カチョーは地面を蹴った。

うう……

私はどうしようもない甘ったれだ。
面倒くさいヤツだって、カチョーを苛立たせてしまった。

ペチペチペチッ。

私は両手で頬を叩くと泣くのを止めて、一歩を前に踏み出した。