「このまま私を、お宿に連れ込もうと⁉
さては……これまでの優しさは、私をここに誘い出すためのワナ……
い、イヤぁっ‼」

「違っ、そうじゃなくて…バカっ!大人しくするんだっ!」

暴れる私の目隠しを器用に片腕に移し、口を塞ごうとする大神カチョー。
私はそのオヤユビに思いきりガブっと噛みついた。

「いぃっ…⁉」
「イヤー、カチョーの鬼畜、エロオオカミ‼
誰かたーすーけー…」

「ば、バカっ…気づかれちゃうだろっ」

カチョーが怯んだ隙に、
私は小柄ながらの妙技、
腰をストンと落として腕の下をスルリと抜けた。

「なーんてね。
へっへ~、どうです⁉赤野の縄抜けの秘技………あ…」

刹那。
私の目の中に、大神さんが躍起に私から隠そうとした光景が映し出された。

それはホテルの門柱の前。
騒ぎを聞いて、何事かと振り返っていた1対の男女の姿。

見覚えのあるその顔は、間違えようもないカレ、銀縁メガネの寺田さん。

長い黒髪のスラッとした女の子と、隠すように手を繋いでいる。

私はポトリとケーキの箱を落としてしまった。

向こうにも私が分かったのだろう。

数秒だけ、目があった。

しかし彼は女の子に促されると、あたかも何も見なかったように、建物の中に消えていった。

「あ……」
 
所在なく大神さんに目を移すと、彼はパッと向こうを向いてしまった。


どうやら運命の神様は、今日はとても機嫌が悪いみたいだ。