~悪魔執事とお嬢様~


とはいえ、事実上シリウスに誘拐されてファーストキスまで奪われ、挙句の果て文字通りの身も()も捧げたようなものなのだから、何も無い訳では無いが…

しかし、それでも私はまだ何もされていない。


あの狂犬が暴走する可能性もゼロと言いきれないのが悲しいが、まだ、何もされていないのだ。


本当なら、そういうことにして男性恐怖症になったと言った方が後々何も言われないし楽なのだろう。

しかし、私はそんなレッテルを貼られたくないし、男性恐怖症になったのならベイリーの件からして動きすぎだ。怪しまれてしまう。


私はこのチャンスを(愉快なパーティーから永遠におさらばできるチャンスを)不意にすることを選んだ。


「ヴィル爺が気にしているような事は何もありませんよ。お腹を負傷して血まみれだった私に、彼らはそのようなことを出来ませんでしたから」



ヴィル爺はすこし安心した表情をした。
しかし、それも束の間、あっという間に眉間にシワがよった。



「それならば、一族の血を絶やすなどと考えるのはおやめ下さい」



そう、冷たく言い放たれ、私は逃げるように時計を見た。

約束の時間まであと20分ほどだ。



「そろそろですね、準備を整えます」



そういってしまえば、さすがのヴィル爺も困り顔で下がっていった。

実に気分がいい。


ただでさえ疲弊しそうな、自分をフランス人だと思い込んでいる異常者との食事を控えているのに、今ここで主人を迎えに来る白馬の王子を期待している老人と話していては体が持たない。

私は残り20分という、思ったよりもギリギリの時間に何ができるか考えた。


準備をすると言ったものの、来客を招いている時点で私の外見的な準備はとうの昔に済ませてある。

例の違法に奴隷を酷使している件については、なおさら事細かに読んでしまっている。

別に作文の発表会でもないので、そんなに読み返す必要もなかった。

ということは、私は20分間暇なわけだ。

ただ、何もせずにボーッと、20分間資料を見る。

読むのではなく、ただ景色のように認識する。


ヴィル爺を追い出したのは正解に違いなかったが、もう少し遊んでおけばよかったと後悔する。