それも、信頼のできる誰かを。



「あぁ、一応ある。
あいつは頑固者だが、少なくとも分け前
さえやりゃ住まわしてくれるはずだ。

場所は、ここから大体1マイル先の緑の家。
多分、行ったらすぐわかると思うぜ。」



「そうですか、わかりました。
では、何かあったらその家に伺います。

あぁ、アブナー、
気をしっかり持ちなさい。」



慰めの言葉をいったつもりはない。

それに、言える事はこれ位しかなかった。


私は荷物をシリウスに持つよう指示し、
早足で帰ることにした。

獣の臭いが充満するような家からは
早く出たかったし、どう考えても私には
場違いだった。


まだアブナーがいる家に背を向け、
早く戻ることだけを考えた。

馬車はまだ私たちの帰りを
待っているはずだ。

シリウスの服と靴
_私としてはこれを一番優先したい_を
かったらすぐ屋敷に帰ろう。


またあの男たちに会う可能性も
拭いきれないため、用心して足を進めた。

シリウスに元来た道へ案内され、
そこからは記憶を便りに自分で歩いた。


走っているときには思いもしなかったが、
地面が剥き出していたりして足場が悪い。

しかも、あの狭っ苦しい路地へ近づくに
つれだんだん道のスペースがなくなり、

腐った食べ物や古い新聞紙が
地面を覆うようになっていた。


ステッキが必要以上に汚れるのでは
ないかと些か心配になる。


歩きながら、ステッキの先端が汚れて
いないか何度も確認した。

しかしながら目に映るのは、
目を見張るような美しい銀の鷹の彫刻と、

多くのフォスター家の人間を生から死まで
見てきたと思われる、齢(よわい)を
重ねたオークの木だった。


昔、お父様のもっていたこのステッキに
魅了され、触ろうとしたものだ。

その度、お父様にはこう言われた。


「シャロン、お前が大きくなったら、
これは他の誰でもない君に渡すからね。」


毎回、愛おしそうにステッキを
撫でながら、笑顔で…。


手を抜いたと思われる部分はどこもない。

支柱でさえ凝った作りなのだ。

中でも、私が一番気に入っていたのは、
持ち手__鷹の頭の目にはめ込まれた
小さなエメラルドだ。


いつ見てもこの月のような神秘的な儚い
輝きは失せない。

子供の頃にステッキに魅了されていたのは
恐らくこのエメラルドのせいだろう。

目を合わせると、本当に見つめられて
いるような不思議な感覚に陥るのだ。



「そちらのステッキ、
かなり“凝った”作りですね。」


「まどろっこしい言い方はやめてください。
どうせ一目で気づいてたのでしょう?

これが、その辺にあるただの体を支える
棒きれでないことを。」



私は歩きながら、いつだったかは忘れたが
お父様に教えてもらったステッキの
小さな窪みを押した。

カチッという音ともに、
先端から鋭い小さなナイフが現れる。

これだけならそこら辺の貴族のステッキだが、驚くのはそれだけではない。

鷹の目にはめ込まれた二つのエメラルドに
力を込めて押し彫刻を抜くと、古びたオークの木から長剣が顔を出すのだ。

これは先端の小さなナイフが
出てきたようなカチッという音はしない。


聞こえるのは、長剣を引き抜くシュッと
いう金属が擦れる音だけだ。