私は一度深呼吸を吐き出した後、
早口でそう言った。

急いで戻らないと、ただでさえ危険な
貧民街が夜になってしまう。


いや、その前に、シリウスの風変わりな
ブーツやらなんやらを売っている店が
閉まってしまう。

あんなブーツを執事が履いていると
言うのは問題だ。


下手をすれば一番あってはならない、
主人と使用人を逆に捉えられてしまう
可能性もある。


今のところはあの派手なドレスと
原形を失うほど塗りたくったメイクで
主従関係を逆に見られることはない。

(あれで間違うならそいつの目を疑う)

とはいえど、あんな服とメイクを毎日
するなんてあり得ない、と私は思った。


あぁ、面倒くさい!



「俺が帰ったとき、みんなもう、死んでた。
でも、まだ火はついてなかったんだ。

だから、何が転がってるのかよく見えた。

それで、目の前にはじーちゃんがいて、
まだ生きてると思った。

じーちゃんはそんな易々と死ぬ
人間じゃねえ。きっと生きてるって。


だけど、あの細い体を起こしたら、案の定死んでた。

俺は呆気に取られて周りをよく見て
なかったんだが、そのときに家が燃えた。

火はあまり赤々と燃えていなかったが、
知っての通り、煙がすごかった。」



ということは、少年が帰った直後は、
まだ奴らは近くにいたのか。

あぁ、こんな簡単なこと、容易に
考えられただろうに。


シリウスに追わせておけば、
捕まえられたはずだ。

いや、どのみち私は少年を助けるために
あのトンネルに入った。

だとしたら、状況は言うほど
変わらなかっただろう。



「そうですか…。では、もうひとつ。

私を殺すように頼んだ男のことを、
本当に紋章以外なにも覚えていませんか?」



あのときと比べれば今の方が圧倒的に
アブナーの心は平常だ。

もしかしたら、思い出すことも
あるかもしれない。



「ええと、そうだな、まず、男で、白人で、
背は…わからない。

フードを被ってたし、ヒールのある
靴かも知れねー。声は少し高かった。

…気がする。

どれもうろ覚えだ。
当てになるもんでもないぜ。」



アブナーは自信がなさそうに答える。

まあ、正確に答える方が無理だろう。

私でもキティがどんなドレスを着て
どんなアクセサリーをつけて
どんな行動をとっていたかなんて
明確には覚えていない。



「そうでしょうね。
ですが、情報が何もないよりはマシです。

…私たちはもう帰りますが、君にあの
トンネル以外で行く宛はありますか?」



襲撃されたばかりでトンネルに戻るのは
いい選択肢とはいえない。

どうせなら、しばらくは誰かと一緒に
いた方がいいだろう。