結局、牧野君は。果歩ちゃんの酔いに任せた質問攻撃を、ダンマリか適当な相槌で躱しきって。彼女は不完全燃焼のままで、送別会の幕は閉じることになったのだった。
 最後に、マスターに頼んで見えない場所に隠していた花束を、野乃ちゃんから牧野君に贈呈してもらう。

「・・・有りがとうッス」

 受け取った手と反対の手を差し出され、野乃ちゃんは一瞬固まったあと、おずおずと自分も手を差し出して彼とシェイクハンドをした。

「ハイハイ、牧野さぁん、果歩も~っ」

「はいはい」

 溜息雑じりに牧野君は果歩ちゃんとも握手をしながら、「・・・田村さん、織江さんと頑張ってよ」と、励ますように呟いた。

「分かってますってぇ、果歩、ガンバリマーッス!」

 ほろ酔い加減の果歩ちゃんはコロコロ笑って、握り返した牧野君の手をブンブンと振った。




 店の外でもう一度お別れと再会の約束をして、由里子さん、果歩ちゃん、野乃ちゃんの三人は駅の方へと歩いて行った。

「織江さんの迎え、来るまで居ていいっスか」

 二人残って牧野君がそう言った時。一瞬、躊躇した。もし何かを云われても。わたしはまた何も応えられない、と。
 言い淀んだ空気を彼も感じ取った筈なのに、脇に止めていたマウンテンバイクのハンドルに花束を乗せ、黙ってわたしの隣りに立った。
 木彫りの海鳴り亭の看板をライトアップしている灯りと、街灯のお陰で二人が居る場所は薄明るかった。取り巻く夜気はまだまだ冷んやりと纏いつく。 

 何かを云おうとして。けれど言葉が見つからない。わたしが負い目を感じる事は、渉さんへの想いを否定するのと同じだ。それでも何か。
 惑いが交錯して、どうしていいか分からなくなる。俯き加減に視線を歪める。息苦しさが限界だった。

「・・・織江さん」

 そして沈黙を破った静かな声に、わたしは微かに躰を震わせ隣りを見上げた。15センチくらい背の違いがある彼と目が合う。普段と変わらない冷静な表情。 

「俺、警察官になるんで」

「・・・え?」

 何を云われたのかが、全く飲み込めなかった。

「あのひとと正反対のところに行くつもりなんで、一応」

 ちょっと。待って。
 わたしは目を見開いたまま、ただ呆然と。
 警察って。渉さんと、・・・なに? 何を云っているの牧野君は。

「織江さんには言っておこうと思って」

「な」

 声が引き攣る。

「なんで、警察・・・なの、ど・・・して?」

 頭の中を駆け巡る、最悪な可能性。
 もし渉さんに敵対する為だと言うのなら。
 それが、わたしが応えなかった事への報復だと言うなら。

 
 ・・・わたしは命を懸けても、その間に立ち塞がるだけだけれど。