高速道路を降りしばらく走って、雪国に建っていそうな合掌造風の和食処で昼食をとった。
 渉さんがマンションに帰る夜、藤君が作るメニューは和食が多い。・・・次に中華で、イタリアン系はそう言えばあったかしら? きっと渉さんの好みに合わせて考えているのね、と藤君の努力がとても可愛く思える。
 

 
 それから車はくねくねと長い山道を抜けて行く。
 開けて来た、と思ったら眼下に湖面が見えて、ダム湖だと渉さんが教えてくれた。

「早咲きの桜が見頃らしいぞ」

 ここは桜の名所として地元でも有名な、ダム湖公園なのだそう。広大な駐車場も見る限り、空きの方が少ない。
 坂下さんを留守番に残して三人で、湖畔を散策する。もう少し早い時期なら梅と水仙も楽しめたようだった。水辺と桜並木のコントラストはとても優美で。散った花びらが湖面に浮かんでなお、儚げに人の心を魅了する。
 
「・・・今年の桜は渉さんと一緒に見られたらいいなって、思ってたから」

 感嘆しながら呟くと、いつもよりゆっくり、わたしの手を引いて歩く彼が視線だけを傾げる。

「嬉しいです。・・・本当に」

 春は桜。
 夏の花火。
 秋が紅葉。
 冬に雪見。

 貴方が傍に居なくとも。貴方を想って四季の移り変わりを、日々の重なりを感じられると思うことが。ひどく愛おしい。
 渉さんに出逢わなければ、季節はただ色を乗せて、目の前を過ぎ行くだけでした。 
 
「来年はお弁当持って、お花見したいですね」

 少し悪戯っぽく笑って見せると前置きなく、繋いだ手を引っ張られて渉さんの胸元によろけた。そのまま頭の後ろを掌で抑え込まれて身動きが取れなくなる。
 わたしの髪に顔を埋めるように。彼の温かな吐息を感じる。 
 渉さんがその時どんな表情をしていたのかは分からない。でも何か。伝わってくるものがあって。力が緩んでわたしを離すまで、されるがままでいた。

 顔を上げた時。渉さんは桜を仰ぎ見ていた。・・・静羽さんを思い出しているのだと思った。
 それからわたしに落とした眼差しは。息を呑んだほどに深くて静かで。何か言葉を待ったけれど、何も云っては・・・くれなかった。