連れ合い。・・・妻。亡くなった、奥さん・・・・・・。
 頭の中で一言一言、しっかりと呟く。
 
 渉さんには踏み込めない領域が沢山あって、自身の事もそうだろうと承知していた。彼が話さないのなら、一生尋ねないつもりだった。
 わたしよりも9つ上だと聴いていたし、年齢や立場からしても妻帯者でもおかしくない。可能性は幾つか思い描いていた。・・・・・・ここに戻らない日はどこで何をしているのか、誰と居るのか。愛人のひとり、・・・という立ち位置も。

 それでも、渉さんがわたしの存在を許してくれる限り。ここで帰りを迎えて彼の望むまま、求めるままの自分でいようと。決めていた。信じて、揺らがないと。けれど。

 愛したひとを失っていたなんて。
 永遠に消えない爪痕を、遺されたひとだったなんて。

 ああ。このひとを遺してゆかなければ、ならなかったなんて。

 貴女も彼もどれほど心残りだったんでしょう・・・・・・。


「・・・・・・織江」

 渉さんの掌はまだ、向かい合うわたしの頬に触れていて。
 とても静かにわたしを見つめていた。
 わたしは無意識に、自分の手を彼の手の上に重ねていた。
 彼がどこかへ行ってしまいそうで。掴まえていたかった。

「・・・いずれお前に話すつもりだった」

 穏やかな声音。

「6年前・・・事故でな。腹の中にいた子供も一緒に逝った」

 心臓が。
 千切れてしまう。
 息が。
 止まりそうになる。

「・・・ここはその為に買ったが」

 渉さんには、そこまでしか言わせなかった。

 彼の首にぎゅっと両腕を回して、逞しく筋肉質なその肩に顔を埋める。
 渉さんの腕がわたしの背中と頭の後ろに回って、抱き締め返したのを。
 もう本当に言葉になんか、ならなかった。
 悲しいも苦しいも、辛いも痛いも。
 全部が渉さんのもので、わたしのものじゃない。
 このひとの業はわたしが引き受ける。だからお願い。
 このひとが少しでも心安く生きられるよう。

「・・・・・・わたしをずっと・・・傍にいさせて」

 護らせて。
 盾にならせて。

「渉さんの為に、生きさせて・・・」