牧野君は目を逸らさない。真っ直ぐに見下ろされて、わたしも逸らせない。

「・・・・・・あの人と上手くいってるんスか」

 本当は。彼が云いたかったのはそうではない気がした。

「・・・うん」

 視線を俯かせて短く答える。
 そうスか、とやっぱり短く返って、牧野君はまた手を動かし始めた。
 わたしも商品に手を伸ばし、向きを揃えてゆく。

「織江さん」

 上から変わらない抑揚のない声が静かに降って来た。
 なに?、と返事をする前に。

「俺、3月いっぱいで辞めます」

 カシャン。
 手元が狂って木製のフォトフレームが棚の上で転んだ。

「織江さんのせいじゃないよ」

 目を見開いたまま固まったわたしに、淡々と。

「・・・やりたい事が出来ただけで、やらないと後悔すると思ったから決めた」

「でも、そんな、・・・急に」

 放心しながら、やっと。

「今のままだと俺、全然ダメなんで。・・・・・・傍に居られりゃいいって思ってたんスけど、結局残るもんが何も無かった。もっとちゃんと経験とか積んで、あの人に負けたくないんスよね」 

 すいません勝手で、と牧野君は天井を仰ぐ。

 胸が締め付けられて、わたしは大きく眸を歪めた。・・・痛い。苦しい。苦しい。辛い。
 彼を受け容れられなかった結果がこんな形で押し寄せるなんて。
 引き留めることも、背中を押すこともわたしには出来ない。どんな言葉で牧野君を送り出せるというんだろう。
 彼の人生を折り曲げてしまった。そうせざるを得ない方向へと。そんな気がして、自責の念に押しつぶされそうだった。 

「牧野君・・・っ」

 小さく呻いてわたしは一瞬、言葉を飲み込む。
 彼は一度決めたことを覆しはしない。それは分かっていた。・・・見えないのに、意志はとても強い。彼を拒絶した自分が言うことじゃないと、それでも。

「・・・牧野君が自分の為にそうしたいって言うなら、わたしには何もいう権利無いって思う。でもね」

 少し声が震えてる。

「それだったら、わたしの事は忘れてちゃんと幸せになるって約束して」

 傲慢な云いようだ。何様だと思う。
 けれど彼は囚われちゃいけない、閉ざしちゃいけない。
 どうか。
 どうか。

 
 牧野君は黙ってわたしを見下ろしていた。
 何も読み取れない、深い水底のような眼差し。
 ・・・そうスね、と笑ったように見えた。
 温度を感じない、冷めた気配のままで。